東宝映画「闘魚」の一場面。左が池部 良 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:「雑誌記事「特写場面(闘魚・姿なき復讐)」(1941)」(昭和モダン好き→) 原典:「映画之友」(昭和16年7月号)(映画日本社)
昭和16年7月15日(1941年。
アジア太平洋戦争開戦ちょっと前)、東宝映画「闘魚」が公開されました。監督は島津保次郎。島津は松竹で「隣の八重ちゃん」「お琴と佐助」などの佳作を残した後、昭和15年、東宝に移籍、その1年後の作品です。
「闘魚」は興行的には大失敗だったようですが、映画に初めて出演した池部 良が、屈折した不良少年を演じ、注目されました(上の写真を参照)。
池部は当地(東京都大田区大森)で生まれ、この時も当地にいました。立教大学の学生で、父親(池部 鈞
(洋画家・風刺漫画家))から「(大学を出たあとは)一銭も出さない」と言われていたので、必死で、卒業1年前(当時は医科・法科以外は3年制だったので大学2年のとき)、憧れの映画業界・40倍近くの倍率の中、採用が決まります。監督志望でしたが、軍部の報道ニュースに使われてフィルムが欠乏していて、製作される映画が少なくなっていたので演出部の人があぶれおり、「俳優なら」と池部に声がかかったのでした。
2作目は次の年(昭和17年)の正月映画で、東宝のオールスター映画「希望の青空」。入江たか子と原 節子に手を引かれて高峰秀子に対面するシーンで(何という贅沢な場面!)、大スター「池部 良」が誕生しました。
もう1作、「緑の大地」で中国人を演じ、それも評判になりました。この3作の後は、昭和17年2月1日に入営、5年間のブランクができます。
小津安二郎の監督第1作は、昭和2年に公開された「懺悔の刃
」です。23歳でした。小津は、4年前の大正12年8月(19歳)、当地(東京都大田区)にあった松竹蒲田撮影所に入所し、撮影助手やシナリオ執筆をしていましたが(途中1年間志願兵として入隊)、時代劇部の監督に抜擢されました。小津は54作品残しましたが、時代劇はこの「懺悔の刃」1本のようです。
内容は、窃盗をし、罪を償ったあと堅気になると心に誓って牢を出た男が、再び悪の道に転がり落ちていくという破滅的なもの。残念ながら、脚本もフィルムも残っていないようです。
稲垣足穂の第1作(初めて出版された作品)は、17歳頃から書きためた超短編をまとめた作品集『一千一秒物語』(大正12年刊。足穂23歳)ですが、この作品集について、後年、足穂が妙なことを言っています。
以後の私の作品は全て
『一千一秒物語』の注釈に過ぎない
と。「最初の作品にその後の作品全てが含まれる」というようなことが時々言われますが、足穂は、まさに、『一千一秒物語』をそう捉えたようです。無限大に広いようで、極めて狭い(自愛的、自己完結的)。足穂はやはり不思議な人です。
未発表作を全て「習作」と片づけて「第1作」に数えないのはどんなものでしょう。中原中也の場合、未発表作が発表作を上回り、その中にも捨てがたいものがたくさんあります。当地(東京都大田区)のお会式のことを書いた「お会式の夜」も未発表作品です。
アウトサイダー・アートの代表的な作家ヘンリー・ダーガーなどは、19歳のときから『非現実の王国で』を書き始め、81歳で亡くなるまでの約60年間で、300枚の絵画を含む1万5,000ページ以上を著しました。彼の死の前年まで、誰も『非現実の王国で』の存在を知らなかったそうです。彼の場合は「第1作」が最後の作品ともなりました。
芥川龍之介は大正3年「新思潮(第三次)」(5月号)に小説『老年』(青空文庫→)を発表(芥川22歳)、一般にそれが「第1作」とされますが、同年(大正3年)、短歌誌「心の花」に掲載された『大川の水』(青空文庫→)は末尾に「一九一二・一(明治45年1月。芥川19歳)」と書かれており、書き上げた時期の早さでいえばこちらが「第1作」ですね。どちらも、20歳前後の作とは思えない滋味をたたえています。
三島由紀夫には、国語教師・清水文夫(中古文学・中世文学の研究者)や作家の蓮田善明
らを驚愕させた16歳のときの作品集『花ざかりの森』(Amazon→)がありますが、すでに13歳で学習院の校友誌に『
酸模
』(『決定版 三島由紀夫全集 15』(新潮社)( Amazon→)に収録)を掲載しています。家のそばの丘を遊び場とする6歳の少年と、その丘に建つ刑務所を脱獄した囚人との心の交歓を描いたものです。囚人は少年の純な魂に接し、今一度自分の感情を信じてみようと刑務所に戻って行きます。でも、まわりの大人は少年の言行を全く理解できません。三島の晩年の作『
奔馬
』(Amazon→)と同様、
瞼
にあふれる光のイメージが見事です。中学2年の三島はこんなものを書いたのですね。
宇野千代の最初の作品は『脂粉
の顔』でいいでしょうか(『宇野千代全集(第一巻)』(Amazon→)に収録 )。脂粉とは口紅と
白粉
のことで、女性の化粧全般を指すようです。宇野は大正8年(21歳)に結婚し、札幌に住んで専業主婦におさまるかのようでしたが、2年後の大正10年(23歳)、突如として(?)この作品を書き上げました。その後の宇野の快進撃は「凄い」の一言。
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『ヘンリー・ダーガー 〜非現実を生きる〜 』(平凡社)。編・著:小出由紀子。子どもたちを奴隷にする悪い大人たちと戦う少女戦士ヴィヴィアン・ガールズ! |
「泥の河」。小栗康平監督のデビュー作。自主制作・自主公開でありながら「キネマ旬報ベスト・テン」の第1位に輝いた。宮本 輝の「第1作」とされる同名小説が原作 |
■ 馬込文学マラソン:
・ 池部 良の『風が吹いたら』を読む→
・ 稲垣足穂の『一千一秒物語』を読む→
・ 中原中也の「お会式の夜」を読む→
・ 芥川龍之介の『魔術』を読む→
・ 三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
・ 宇野千代の『色ざんげ』を読む→
・ 牧野信一の『西部劇通信』を読む→
■ 参考文献:
●『映画俳優 池部 良』(志村三代子、弓桁あや ワイズ出版 平成19年発行)P.14-21、P.274-277 ●「島津保次郎」(千葉伸夫)※「日本大百科全書(ニッポニカ) 」に掲載(コトバンク→) ●『人物・松竹映画史 蒲田の時代』(升本喜年 平凡社 昭和62年発行)P.110-113 ●「懺悔の刃」(斎藤民夫)(小津安二郎の映画音楽→) ●「夜明け」「略年譜」(関口安義)※『芥川龍之介(新潮日本文学アルバム)』(昭和58年初版発行 昭和58年発行2刷参照)P.20、P105 ●『決定版 三島由紀夫全集 15』(新潮社 平成14年発行)P.51-71、P.694-696
※当ページの最終修正年月日
2024.7.15
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