|
|||||||||||||||||
|
この『西部劇通信』に収められている短篇のほとんどは、神奈川県の小田原(map→)辺りが舞台のようだ。しかし、どれもどこか実際の小田原とは違う。 登場人物たちは、住む家を持ちながらも、わざわざ近くにテントを張って生活している。最初の「川を
私たちは、その村で一軒の農家を借りうけ、そして裏山の 住む家があるのに、なぜテントを張るのかは、説明されない。 表題にもなっている5番目の「西部劇通信」にもこうある。 ・・・一見すると、まさにアメリカ・インデアンの屯所と見られるだらうが、好く好く見ると僕をはぢめいろいろ君の知つてゐる顔であることに気づくだらう。僕らは 小田原なのだろうが、古の異国のようだ。 小田原辺りの「ヤグラ獄(矢倉岳)map→」「明神ヶ獄(明神ヶ岳)map→」「小田急電車の柏山(「
ここでの大人たちは「探検ごっこ」でもしたいのだろうか? たぶんそうだ。子どものころの「探検ごっこ」のようなワクワクする体験を、大人は取り戻しえるか? 『西部劇通信』について昭和5年11月、春陽堂から発行された牧野信一(34歳)の作品集。その頃牧野は当地(東京都大田区)にいた。表題作「西部劇通信」を含め15編からなる。「歌へる日まで」は、表題作「西部劇通信」の続話。昭和2年、小田原に一時戻った時書かれたものが多い。
牧野信一について
ハイカラな少年 認められるが、酒に溺れ 大正3年(17歳)、早稲田大学英文科に入学。小説の習作を始める。まず英文で書き和訳したらしい。二葉亭四迷も小説を書くとき、まずロシア語で書きそれを和訳したらしい。日本近代文学の成立期・発展期には外国の文体を取り入れることが強く意識されたのだろうか。 大正8年(22歳)、「時事新報」編集局に入り、「少年」「少女」に児童読み物を書く。同年、早大同窓生で同人誌 「十三人」を創刊。 第2号に発表した「爪」が島崎藤村(47歳)から激賞された。大正10年(24歳)、「時事新報」を辞め、郷里小田原に戻って鈴木せつと結婚。 大正12年(26歳)、「随筆」 の編集者として再び上京。この頃文学者として生きる決意をする。翌大正13年(27歳)、父・久雄が急逝(行年53歳)。同年(大正13年)8月、第一創作集『父を売る子』を出版、滝田樗陰(42歳)に認められ、また葛西善蔵(37歳)や宇野浩二(22歳)らの知遇も得る。小説のモデルだった父を亡くし、書く意欲を失う。巷ではプロレタリア文学がもてはやされ、酒乱気味の葛西の影響もあってかふてくされるがごとくに飲酒に溺れた。生活も苦しくなり、神経衰弱の症状が現れる。 “ギリシャ牧野”という作風 心身を病み、突然この世を去る 戦後、三島由紀夫が高く評価した。 ■ 牧野信一 評
牧野信一と馬込文学圏昭和3年初秋(32歳)、「二日会」(徳田秋声を励ます会)に参加、帰りに、尾﨑士郎(30歳)に連れられて当地(東京都大田区)を訪れる。翌昭和4年3月から4月にかけて、妻子とともに尾﨑家に逗留。榊山 潤によると、しばらく当地の谷中(東京都大田区山王四丁目(map→)あたり)にいたもよう。松沢太平によると、熊野神社(東京都大田区山王三丁目44 map→)近くに住んでいたとか。宇野千代との間をうわさされることもあった。宇野は牧野の郷里小田原も訪れたこともある。 尾﨑の家で藤浦 洸、榊山 潤、吉田 昭和5年8月下旬(9月上旬とも。33歳)、尾﨑のすすめで当地(東京都大田区山王一丁目22 map→)に家を借り、妻子と住む。尾﨑が宇野と別れ古賀清子と結婚した直後だ。宇野との関係を囁かれた牧野なので、宇野がいなくなって尾﨑も誘いやすくなったのだろうか。 牧野の当地時代は、昭和6年11月、東京三田に転居するまでの、1年3ヶ月ほどだが、その間、『西部劇通信』を出版し、「文科」を創刊し、代表作の「ゼーロン」も書き、絶好調だったのでは。 参考文献●『牧野信一展 没後50年』(神奈川近代文学館 昭和61年発行)※パンフレット ●『馬込文士村』(榊山 潤 東都書房 昭和45年発行)P.11 ●『生きて行く私(中公文庫)』(宇野千代 平成4年発行)P.144-145 ●『大田文学地図』(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年発行)P.33-36 ●『馬込文学地図』(近藤富枝 講談社 昭和51年発行)P.136-145、P.238 ●『牧野信一全集<第六巻>』(筑摩書房 平成15年発行)P.527-528、P.634-635、P.640、P.630-664(年譜。作成:岩崎 努) ●『史誌(大田区史研究)』32号「講演録 宇野千代をめぐって」(近藤富枝)P.39 ●「新文学準備倶楽部」 ※藤浦 洸随筆選 『海風』に収録(昭和57年発行)P.231-234 参考サイト●作家牧野信一氏の生誕百年(+14年)を祝すページ → ※写真入りの詳しい年譜など ●松岡正剛の千夜千冊/1056夜 牧野信一『ゼーロン・淡雪』→ ※ 牧野の独自性に言及 ※当ページの最終修正年月日 |