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蒲田の男優(昭和9年11月22日、蒲田映画「浮草物語」の公開)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和9年11月22日(1934年。 小津安二郎監督(30歳)の蒲田映画「浮草物語」が公開されました。

小津は昭和7年公開の「生まれてはみたけれど」、昭和8年公開の「出来ごころ」で「キネマ旬報ベスト・テン」の第1位を獲得。そして、この「浮草物語」でも受賞して、3年連続で第1位、この記録はまだ破られていないのではないでしょうか?

「浮草物語」は、町から町へとわたり歩く「喜八一座」の物語。一座は長野の上諏訪近くの町にやってきます。実はこの町は、喜八が子どもを産ませた女が住む町。喜八は公演の合間に、女が商う小料理屋に通い、もう20歳ほどになった息子とも釣りをしたり将棋をしたりとしばしの団欒を楽しみます(息子は実の父はすでに死んでいて、喜八のことは昔から親しいおじさんと思っている)。

そのことを知った一座の姉御(喜八の女房)は激怒し、一座の綺麗所の「おたか」を息子のところに差し向けて誘惑させます。喜八への復讐・・・

坂本武
坂本 武

座長の喜八を演じたのが坂本 武です。不良な感じから、温かで誠実な感じ、ぶっ飛んだおちゃらけまで演じ切る俳優です。坂本は小津監督の「出来ごころ」「箱入娘」「東京の宿」にも「喜八」という名で登場、この4作品は「喜八もの」と呼ばれ、坂本の代表作となりました。「浮草物語」は「喜八もの」の第2作です。

坂本は、明治32年、赤穂浪士が故郷・兵庫県赤穂の漁師の家に生まれました。尋常高等小学校卒業後、時計屋に勤めていた時、近所で天勝一座の公演があり、舞台からの呼びかけに応じて奇術の相手をして拍手喝采を受け、自分の芸人としての才能に気づいたようです。22歳で地方巡業の一座に身を投じますが、しばらくして一座は解散(上述の映画「浮草物語」を思わせる)。松竹の加茂撮影所(京都)へ仕事をもらいにいった時、たまたま高い所から飛び込む演技を俳優たちが尻込んでいました。坂本が即座に買って出て、やってのけて、採用となります。

加茂時代は役らしい役がつきませんでしたが、大正14年加茂撮影所が閉鎖されて蒲田撮影所に移ってからは、清水 宏監督、斎藤寅次郎監督小津督監らから次々に声がかかり、地位を不動にしました。キワモノ映画「のぞ河野こうの巡査」(斎藤監督)では当時人気を博した(?)殺人犯の岩淵熊次郎(鬼熊)を演じ、話題となりました。この頃の蒲田映画にはそこここに坂本が出てきます。「マダムと女房」にもトラックの運転手役で、「生まれてはみたけれど」にも社長役で、「突貫小僧」にも人さらいの親分役で登場。

三井秀男
三井秀男

「浮草物語」では、息子役の三井秀男(後の三井弘次)が色を添えています。

三井は横浜の戸部生まれ。大正13年、慶大在学中に蒲田撮影所に入所し、「与太者シリーズ」(昭和6-10年)で人気を博しました(最上部の写真の剣道着に鉢巻の人物)。戦後は、渋谷 実監督の「気違い部落」や、黒沢 明監督の「どん底」などに出演し、演技派として鳴らしました。

小日方 伝
小日方 伝

「喜八もの」の第1作の「出来ごころ」で、坂本(喜八)はビール工場の職工として登場、小日方 伝おびなた・でんが同じ長屋の隣に住む同僚を演じます。坂本はある女に惚れますが、女は小日方の方に気があり、でも、小日方は女にそっけない・・・。

小日方は明治40年、福岡小倉生まれ。東京府立園芸学校に学び、メロン作りに意欲を燃やしていましたが、同僚の紹介で、昭和4年日活に入社しました。知性と野性味を兼ね備えたキャラクターで有望視されます。松竹蒲田への入社は昭和8年(24歳)、五所平之助監督の「伊豆の踊り子」の学生役と、島津保次郎監督の「隣の八重ちゃん」で逢初夢子と岡田嘉子から好かれる役をこなして(最上部の写真の右上の左向きの人物)、一躍トップスターに。戦後、妻の松園延子(蒲田の女優だった)とブラジルにわたり、大農場経営にチャレンジしています。

小日方 伝
竹内良一

「喜八もの」の第3作の「箱入娘」で、坂本(喜八)は隣の煎餅屋として登場、隣の母子家庭の娘の思い人を竹内良一が演じます。母は、生活を考えて娘を木綿問屋に嫁がせようとし、娘も母の思いを汲んで結婚話が進んでいきますが・・・

竹内は明治36年、東京赤坂生まれ。大正15年に日活に入社しますが、「椿姫」を撮影中、岡田嘉子と逃げ出して大問題となり、2人して日活はクビ(「椿姫」は未完となる)。昭和6年(28歳)、岡田と一緒に蒲田撮影所に入社しました。昭和7年の「坂田山心中」を題材にした「天国に結ぶ恋」で主演し、一躍スターとなります。「坂田山心中」の男性は華族出身の慶大3年生。竹内も男爵家の嫡子だったのでぴったりでした(「椿姫」の件で廃嫡となったが)。

笠 智衆
笠 智衆

「喜作もの」の最終作(第4作)の「東京の宿」で、坂本(喜八)は妻と別れ2人の息子を持つ男やもめとなり、娘の入院費用を稼ぐために酌婦(売春もする)になった女(演:岡田嘉子)のために盗みを働きます。笠 智衆りゅう・ちしゅうが警官としてチョコっと登場。後には、小津督監作品、山田洋次監督作品に欠かせない存在となり、松竹の顔となる笠ですが、最初の10年間は下積みでした。

あと、蒲田の男優には、日活から引き抜かれたトップスターの鈴木伝明、喜劇俳優としても活躍した斎藤達雄(小津の名作サイレント「生まれてはみたけれど」で主演)、 飄々ひょうひょう とした味わいの渡辺 篤(日本初の本格トーキー「マダムと女房」で主演)、やはり日活から引き抜かれた日本人離れした風貌の岡田時彦(岡田茉莉子の父)、キラ星の上原 謙(加山雄三の父。清水 宏監督の代表作「有りがたうさん」で主演)、高田 稔、岡 譲司、江川 宇礼雄うれお佐分利 信さぶり・しんなどなどなど。

「浮草物語」。活弁:松田春翠。蒲田では3年前(昭和6年)からトーキー映画が作られるようになったが、小津はまだサイレントにこだわった 「出来ごころ」。活弁:松田春翠。「喜八もの」の第1作。子役ながらここでも突貫小僧が大活躍(大暴れ)。この頃の小津作品で欠かせない存在だ
「浮草物語」。活弁:松田春翠。蒲田では3年前(昭和6年)からトーキー映画が作られるようになったが、小津はまだサイレントにこだわった 「出来ごころ」。活弁:松田春翠。「喜八もの」の第1作。子役ながらここでも突貫小僧が大活躍(大暴れ)。この頃の小津作品で欠かせない存在だ
「東京の合唱」「淑女と髭」。共に蒲田時代の小津監督作品。両作とも岡田時彦、斎藤達雄、坂本 武が出演。小津の喜劇的センスが光る 「その夜の妻」「非常線の女」。これらも蒲田時代の小津監督作品。「その夜の妻」には岡田時彦、「非常線の女」には岡 譲司が出演。蒲田の二枚目スターだ
「東京の合唱」「淑女と髭」。共に蒲田時代の小津監督作品。両作とも岡田時彦、斎藤達雄、坂本 武が出演。小津の喜劇的センスが光る 「その夜の妻」「非常線の女」。これらも蒲田時代の小津監督作品。「その夜の妻」には岡田時彦、「非常線の女」には岡 譲司が出演。蒲田の二枚目スターだ

■ 参考文献:
●『人物・松竹映画史 蒲田の時代』(升本喜年 平凡社 昭和62年発行)P.91-92、P.208-225、P.288-289 ●「坂本 武」(吉田知恵男、司馬叡三)、「大日方 伝」(盛内政志)※『日本映画人名事典 男優篇(上巻)』(編:掛尾良夫 キネマ旬報社 平成8年発行)に収録 ●「三井弘次」「竹内良一」※「新撰 芸能人物事典(明治~平成)」(日外アソシエーツ 平成22年発行)コトバンク→コトバンク→ ●『炎の女の70年 〜フォト・ドキュメント・岡田嘉子〜』(編:有城三朗 平河出版社 昭和48年発行)P.191-193 ●「笠 智衆」※「日本大百科全書(ニッポニカ)」(小学館)に収録コトバンク→

※当ページの最終修正年月日
2023.11.22

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