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ギリシャ文明への憧れ(呉茂一、津村信夫、三島由紀夫)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アポロ像 ※パブリックドメインの写真を使用しました 出典:ウィキペディア/アポローン(平成25年5月22日更新版)→

 

昭和18年7月4日(1943年。 津村信夫(34歳)が、神奈川県藤沢市辻堂に住む古代ギリシャ・ラテン文学者の 呉茂一くれ・しげいち (46歳)を訪ねています。 ともに「四季」 の同人だった二人は、この頃、頻繁に行き来していました。呉が辻堂に越してきたのは前年の昭和17年。津村は近くの鎌倉建長寺内の禅居庵に居ました。

その日、津村は、呉の家でバッハのブランデンブルク協奏曲やロシアのバス歌手シャリアピンのレコードを聴いています。「永い間忘れてゐたやうな一つの詩的昂奮を感じた」とのこと。ドイツ(バッハの故国)とロシアの音楽は敵国の音楽でないので※1、戦時中でも聴くことができたのでしょうね。

津村は呉について次のように書いています。

・・・呉さんには一種明治の匂ひがある。 なんとなく小説に出てくるやうな感じの人だ。 知性的であつても現代的な形ではない。 なにか寂しさがひつそりと身についた人である。・・・(津村信夫の日記より)

「寂しさがひつそりと身についた」といったら、“ポジティブ万歳”“友だちたくさんが偉い”の現代日本社会では、マイナスの評価に聞こえるかもしれません。しかし、津村は、それを呉の魅力として書いているわけです。 津村は前年の昭和17年の12月(33歳)から、顔が黒ずむアディスン氏病という難しい病気を患っていました※2。 そういった境遇では、ことのほか呉の「静けさ」「寂しさ」が好ましいものに感じられたことでしょう。

呉が「四季」に参加したのは、昭和15年秋号から昭和19年の終刊号(81号)までです。ギリシャの古詩や、ギリシャ文明を愛した古代ローマの詩人ホラティウスの作品、ギリシャの小島コス島で人生の大半を過ごした詩人テオクリトスの作品、古代ギリシャの喜劇作家アリストファネスの作品、詩人の代名詞ともされるホメロスの作品、イタリア最大の詩人といわれるダンテの作品などを翻訳して掲載していました。

津村は、昭和9年10月発行の「四季」第2号から終刊号までかなりの量を書き、編集にも携わりました。呉のところに頻繁に通ったのは、編集の仕事の一貫だったのかもしれません。

戦後、三島由紀夫も呉に傾倒しています。 三島は東大での呉の講義を熱心に聴講しました。 三島邸(南馬込四丁目 map→)の庭にはアポロ像が据えられています。三島のギリシャへの愛は、呉からの影響かもしれません。

私は希臘にゐる。私は無上の幸福に酔つてゐる(三島由紀夫『アポロの杯』より)

牧野信一のギリシャ好きも有名です。ソクラテス、プラトン、アリストテレスを耽読し、口を開けばギリシャの話になるといった一時期が牧野にはありました。彼の小説の多くが故郷の神奈川県小田原が舞台ですが、読むと、小田原なのにどこかギリシャっぽい。彼の小説の大きな特徴です。彼のあだ名は“ギリシャ牧野”。彼がプラトンなどのギリシャものを読んだのは昭和の初め頃のようで、その頃はまだ呉のギリシャ本は出回っていなかったと思われます。牧野は違う人の訳で読んだのでしょう。

蛇足ながら、呉の曾祖父は、貧乏旗本の倅だった勝海舟の入門を断った蘭学者箕作阮甫(みつくり・げんぽ)。呉の妻の暁子は有島生馬の娘だそうです。

 

※1 : ロシアと日本は不戦条約を結んでいたが、昭和20年、ソ連が一方的に条約を破棄、敵国になる

※2 : 津村はこの病によって、翌昭和19年、35歳で死去。その年、「(第2次)四季」が廃刊となる(戦後復刊)

呉 茂一 『ギリシア神話〈上〉 (新潮文庫)』 呉 茂一 『ギリシア神話〈下〉 (新潮文庫)』*
呉 茂一 『ギリシア神話〈上〉 (新潮文庫)』 呉 茂一 『ギリシア神話〈下〉 (新潮文庫)』
ホメーロス 『イーリアス (上) (平凡社ライブラリー) 』 訳:呉 茂一 ホメーロス 『イーリアス (下) (平凡社ライブラリー) 』 訳:呉 茂一
ホメーロス 『イーリアス (上) (平凡社ライブラリー) 』 訳:呉 茂一 呉 茂一 『ギリシア神話〈下〉 (新潮文庫)』
室生犀星『我が愛する詩人の伝記(新潮文庫)』 三島由紀夫 『アポロの杯 (新潮文庫) 』 。昭和26年(26歳)から翌年にかけての世界旅行が三島の転機になった。その旅行記。ギリシャ文明の肉体賛美に出会い、 知識に蝕まれた自身のひ弱な肉体を発見、自己鍛錬に向かう
室生犀星『我が愛する詩人の伝記(新潮文庫)』 。津村信夫の評伝あり 三島由紀夫 『アポロの杯 (新潮文庫) 』 。昭和26年(26歳)から翌年にかけての世界旅行が三島の転機になった。その旅行記。ギリシャ文明の肉体賛美に出会い、 知識に蝕まれた自身のひ弱な肉体を発見、自己鍛錬に向かう

■ 馬込文学マラソン:
三島由紀夫の 『豊饒の海』 を読む→
牧野信一の『西部劇通信』を読む→
子母沢寛の『勝海舟』を読む→
室生犀星の『黒髪の書』を読む→

■ 参考文献:
・ 新潮文庫 『我が愛する詩人の伝記』
 (室生犀星 新潮社 昭和41年初版発行 昭和54年18刷参照)
 P.132、P.149-151
 ※購入サイト (Amazon)へ→

■ 参考サイト:
神奈川近代文学館/web資料室/神奈川文学年表 /昭和11年〜20年→

ウィキペディア/呉茂一(平成26年4月20日更新版)→
ウィキペディア/津村信夫(平成21年8月12日更新版)→
ウィキペディア/ホラティウス(平成25年7月19日更新版)→
ウィキペディア/コス島(平成26年7月2日更新版)→

四季・コギト・詩集ホームぺージ/同人詩誌 「四季」総目録→

コトバンク/シャリアピン→
コトバンク/テオクリトス→
コトバンク/アリストファネス→
コトバンク/ホメロス→
コトバンク/ダンテ→

宮崎正弘のホームペイジ/三島由紀夫文学紀行/その1 ヴァチカン→

中央大学文学部文学科国文学専攻 渡部芳紀研究室/潮騒 ー太陽の発見(三島の希臘体験)ー(渡部芳紀) →

Yahoo!知恵袋/箕作阮甫はどうして蘭学志望の若き日の勝海舟の入門を断ったのですか?→

※当ページの最終修正年月日
2015.7.4

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