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性のグラデーション(昭和24年4月27日、三島由紀夫、『仮面の告白』を脱稿する)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島由紀夫

昭和24年4月27日(1949年。 三島由紀夫(24歳)が『仮面の告白』を脱稿しています。

官僚系エリートの家系に生まれ、自身も2年前の昭和22年(22歳)、大蔵省入りしていながら、そこを退いて、この一作にかけたのでした。 河出 かわで 書房の編集者・坂本 一亀 かずき (26歳)(坂本龍一さんのお父さん) のすすめで同作は書かれました。

『仮面の告白』は三島初の長篇書き下ろしです。自身の性的傾向を赤裸々に吐露し、「この作品を読んだあと、私の小説をもう読まぬといふ読者もあらはれよう(川端康成あて書簡)」との覚悟でしたが、ふたをあけてみたら作家や文芸評論家からも絶賛され、世間でも大きな話題となって、この一作で三島は幸か不幸か超有名人になります。

同作で告白される性的傾向には「同性愛」が含まれていました。現在よりもさらに偏見が強かった時代に、この年齢にして、よくカミングアウトできたものです。

13歳の「私」が生まれて初めてオナニーする場面は、次のように書かれています。

・・・私は今手にしている画集のたぐいを、今日はじめて見るのだった。吝嗇りんしょくな父は子供の手がそれに触れて汚すのをいやがって戸棚の奥ふかく隠していたし、(半分は私が名画の裸女に魅せられるのを怖れたからだが、それにしても、何という見当違いだ!)私は私で講談雑誌の口絵に対するほどの期待を、それらに抱いていなかったからのことだった。──私は残り少なのページを左へひらいた。するとその一角から、私のために、そこで私を待ちかまえていたとしか思われない一つの画像が現われた。
 それはゼノアのパラッソォ・ロッソに所蔵されているグイド・レーニの「聖セバスチャン」であった。
 シチアン風の憂鬱ゆううつな森と夕空とのほの暗い遠景を背に、やや傾いた黒い樹木の幹が彼の刑架けいかだった。非常に美しい青年が裸かでその幹にいましめ られていた。手は高く交叉こうささせて、両の手首を縛めた縄が樹につづいていた。その他に縄目は見えず、青年の裸体を覆うものとては、腰のまわりにゆるやかに巻きつけられた白い 粗布あらぬの があるばかりだった。・・・(中略)・・・その絵を見た 刹那 せつな 、私の全存在は、或る異教的な歓喜に押しゆるがされた。私の血液は 奔騰 ほんとう し、私の器官は 憤怒 ふんぬ の色をたたえた。この巨大な・張り裂けるばかりになった私の一部は、今までになく激しく私の行使を待って、私の無知をなじり、 いきどお ろしく息づいていた。私の手はしらずしらず、誰にも教えられぬ動きをはじめた。・・・(三島由紀夫『仮面の告白』より)

と、3世紀のローマにおいてディオクレティアヌス帝の迫害にあって殉教した親衛隊長の血塗られた絵に、三島少年は強い官能的感動を覚えたようです。 『仮面の告白』は自伝的ではあっても自伝ではないので、事実と異なる点もあるでしょう。が、作者自身同作に言及して「自己解剖」という言葉を使ってますし、全くの他人事でないのも確か。

グイド・レーニが描いた聖セバスチャン(部分) ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/セバスティアヌス(平成27年4月23日更新版)→ グイド・レーニが描いた聖セバスチャン(部分) ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/セバスティアヌス(平成27年4月23日更新版)→

その後「私」は、友人の近江に「生れてはじめての恋」、それも「明白に、肉の欲望にきずなをつないだ恋」をします・・・

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同性愛的傾向は特別なことではありません。

稲垣足穂

稲垣足穂は、『少年愛の美学』Amazon→というより直接的なタイトルの本を書き、古今東西の少年愛に言及しました。足穂によると、A(アヌス=肛門)感覚こそが根源的で、V(ヴァギナ=女陰)感覚とP(ペニス=男根)感覚は福次的。

吉屋信子

吉屋信子は一生涯、からかわれながらも、同性への愛を貫きました。初期の『花物語』(大正5年〜。20歳〜)、『屋根裏の二処女』(大正8年。23歳)から、晩年の『女人平家』(昭和46年。75歳)にいたるまでの吉屋の作品はどれも、女性同士の友愛に裏打ちされているようです。私生活でも、大正12年(27歳)、門馬千代という無二の友を得て、3年後から同居、終生仲良く暮らしています。

折口信夫

折口信夫も同性を深く愛しました。中学3年の頃から同級生を思慕し、小説『死者の書』を書く動機にもなったとか。昭和3年当地(東京都品川区西大井三丁目8 map→)に家を借りた折口(41歳)は、そこに鈴木金太郎と藤井 春洋はるみを住まわせています。墓は不要との考えでしたが、昭和20年3月、藤井を硫黄島玉砕で失うと、藤井の故郷石川県 羽咋はくい 一ノ宮map→に墓を建て、自らもそこに入ることを決意。

異性を求める心情と、同性を求める心情の二つがあるのではなく、その二つの心情の間は切れ目ないグラデーションになっていて、人によって、相手によって、そのときどきによって、そのどこかに位置するのでしょう。LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の旗はご存知のように虹色です。それぞれが個性(色)を持ちつつもそれぞれが連続的(虹の各色には明確な境がなくグラデーションをなす)でもある。どの人の性的傾向も、もっといえば性そのものが、グラデーションになっている。 心理的な、精神的な傾向はもちろんのこと、性器の形状も「男」「女」と明確に分けられないケースが多々あるようです。

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明治の終わり頃、志賀直哉は自らの中に性欲を“発見”しましたが、今や、その性欲にも多様な傾向(嗜好)があることも明らかになっています。異性愛、同性愛、両刀、マザコン、ファザコン、シスコン、ブラコン、ロリコン、スカトロ、SM、アイドル、ツンデレ、眼鏡っ娘、不良、不健康、お嬢様、女教師、女医、人の妻、人の夫、未亡人、制服、メイド、のぞき、二次元、人形、フェチ、オナニーなどなど。それらは独立してあるのではなく、他の傾向と連続しており、グラデーションをなしていて、誰しも正直に自らを見つめれば、少〜しは(かなり?)思いあたるふしがあるのでは? 

「●●はけしからん」とか、「私はけっして●●ではございません」とか、「お前は●●だろう」とか、ことさらに正常と異常に分けて、その境界にこだわる人たちを見るにつけ、彼らは自らの中にもあるものを懸命に見ないようにしているんだなと、可哀想に。

三島由紀夫 『仮面の告白 (新潮文庫) 』 吉屋信子『屋根裏の二処女』(国書刊行会)。二人の少女の愛を誇り高く謳い上げた半自叙伝。解説・註釈:嶽本野ばら
三島由紀夫 『仮面の告白 (新潮文庫) 』 吉屋信子『屋根裏の二処女』(国書刊行会)。二人の少女の愛を誇り高く謳い上げた半自叙伝。解説:嶽本野ばら
加藤守雄『わが師折口信夫 (朝日文庫)』。折口の性的傾向にも生々しく言及されている 『ヴァギナ 〜女性器の文化史〜 (河出文庫)』。著:キャサリン・ブラックリッジ、訳:藤田真利子
加藤守雄『わが師折口信夫 (朝日文庫)』。折口の性的傾向にも生々しく言及されている 『ヴァギナ 〜女性器の文化史〜 (河出文庫)』。著:キャサリン・ブラックリッジ、訳:藤田真利子

■ 馬込文学マラソン: 
三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
稲垣足穂の『一千一秒物語』を読む→
吉屋信子の『花物語』を読む→

■ 参考文献:
●『三島由紀夫研究年表』(安藤 武 西田書店 昭和63年発行)P.63-79 ●『決定版 三島由紀夫全集(38)』(新潮社 平成16年発行)P.507 ●『三島由紀夫外伝』(岡山典弘 彩流社 平成26年発行)P.9-12 ●『吉屋信子 ~隠れフェミニスト~』(駒尺喜美 リブロポート 平成6年発行)P.227-232 ●『折口信夫(新潮文学アルバム)』(昭和60年発行)P.16-17、P.66-67、P.78-79、P.83-85、P.90

■ 参考サイト:
・ ウィキペディア/●三島由紀夫(平成29年9月27日更新版)→ ●仮面の告白(平成30年4月24日更新版)→ ●坂本一亀(平成28年2月3日更新版)→ ●レインボーフラッグ(平成29年11月27日更新版)→ ●虹(平成30年3月13日更新版)→ ●三島由紀夫文学館/公開トーク「セバスチャンから浮世絵まで ~三島由紀夫の愛した美術~」/聖セバスチャンとは何者か→ ●ジャックの談話室/稲垣足穂『少年愛の美学』→ ●仰陽記/昔のリューブリカント→

※当ページの最終修正年月日
2019.4.27

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