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川端康成の『雪国』を読む(葉子という女) - 馬込文学マラソン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『雪国』 といえば駒子だ。 駒子の名前なら 『雪国』 を読んでいない人でも知っていそうだ。 舞台の越後湯沢には駒子饅頭なんてものもあるかもしれない。だから、小説の冒頭で列車の窓を開けて 「駅長さあん、駅長さあん」 と 「悲しいほど美しい声」 を出す女は駒子に違いないと最初思った。

しかしその女は、駒子ではなく、葉子という人だった。いつも張りつめた感じがあり狂気の兆しすら感じられる、という人だ。明るい駒子とはずいぶん違う。

小説の中の葉子を追っていくと、多く登場するのはやはり駒子の方かもしれないが、その影となり日向となって葉子が姿を見せる。駒子の“陽”の美しさにオーバーラップするように現れる葉子の“陰”の美しさ。これは一体どういうことなのか。主人公の島村は、いつもワナワナ震えている葉子のことを、心の深いところで愛し始めたのではあるまいか。それも駒子に対するより切ない気持ちで・・・・。

意外にもこの小説は、葉子で始まり、葉子で終わっているのである。そして、その2つの葉子はどちらも赤々と燃えるイメージを伴っている。ただごとでない悲しさであり、美しさだった。

・・・葉子を落した二階桟敷から骨組の木が二三本傾いて来て、葉子の顔の上で燃え出した。葉子はあの刺すように美しい目をつぶつてゐた。あごを突き出して、首の線が伸びてゐた。火明りが青白い顔の上を揺れ通つた。
 幾年か前、島村がこの温泉場へ駒子に会ひに来る汽車のなかで、葉子の顔のただなかに野山のともし火がともつた時のさまをはつと思ひ出して、島村はまた胸が顫へた。・・・

川端康成が 『雪国』 で一番書きたかったのは、 駒子ではなく葉子だったかもしれない。


『雪国』 について

清水トンネル開通 (昭和6年。上越線開業) 当時の越後湯沢を舞台にした川端康成の小説。 昭和9年 (35歳) から越後湯沢の宿屋 「高半(たかはん)」 の 「かすみの間」 で書かれ、 翌年から章ごとに独立した短編として 「文藝春秋」 「改造」 「日本評論」 「中央公論」 で発表されていった。 昭和12年、 新稿も加えて創元社から単行本が発行される。装丁は芹沢銈介。 昭和22年 (48歳)、 『続雪国』 (小説新潮) が書かれ、戦中を含めて13年間かかって完結した。昭和46年 (72歳)、 『定本雪国』 (牧羊社) が発行。サイデンステッカーによって英訳され国際的に読まれるようになったことが、川端のノーベル文学賞受賞へつながった。

新潮文庫版 『雪国』 だけでも400万部以上発行されている。 馬込文学マラソンで取り上げている本の中では一番読まれているようだ。

■作品評
・「20世紀10大小説の一作」(福田和也

・「じっくり読んでみたらわかるけど、とんでもなくアブナイ小説だよ」(嵐山光三郎

・「現象から省略という手法によって、美の頂上を抽出する」(伊藤整

・「彼方の青いアルプの高峯のやうに仰がれるのみ」(三島由紀夫川端宛書簡より

川端康成 『雪国 (近代文学館名著複刻全集)』 。装丁:芹沢銈介。文庫本はこちら→ 映画『雪国』。原作:川端康成。東宝。昭和32年封切り。出演:池部良、岸恵子、八千草薫、森繁久彌ほか。昭和40年に封切られた映画「雪国」(松竹。出演:木村功、岩下志麻、加賀まりこ、沢村貞子ほか)はこちら→
川端康成 『雪国 (近代文学館名著複刻全集)』 。装丁:芹沢銈介。文庫本はこちら→ 映画『雪国』。原作:川端康成。東宝。昭和32年封切り。出演:池部良、岸恵子、八千草薫、森繁久彌ほか。昭和40年に封切られた映画「雪国」(松竹。出演:木村功、岩下志麻、加賀まりこ、沢村貞子ほか)はこちら→

川端康成について

川端康成
33歳頃の川端康成 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用しました  出典:ウィキペディア/川端康成(平成25年9月7日更新版)→

15歳で天涯孤独になる
明治32 (1899) 年6月14日、大阪で生まれる。 2歳で父親が、3歳で母親が死去。7歳で祖母が死去。10歳で姉が死去。15歳で祖父が死去して、天涯孤独になる。青年期にも知人らの多くの死と立ち会った。

帝国大学時代から認められる
東京帝国大学在学中、今東光鈴木彦次郎らと第六次 「新思潮」 を発刊。大正13年、横光利一佐佐木茂索らと 「文芸時代」 を創刊する。 新感覚派の中心的存在になった。昭和2年 (28歳) 『伊豆の踊子』 を発行。 昭和10年 (36歳)から 『雪国』 を断片的に発表し始める。戦中は海軍報道班員を務めた。文芸評論でも活躍し、尾﨑士郎伊藤整岡本かの子北條民雄三島由紀夫らを高く評価し、世に出した。

日本初のノーベル文学賞と、3年後の自殺
昭和23年 (49歳)、日本ペンクラブ第4代会長になる。昭和24年 (50歳) 『山の音』 、 昭和27年 (53歳) 『千羽鶴』 を書く。 昭和43年 (69歳) には日本初のノーベル文学賞を受賞した。 美術品のコレクターとしても知られ、コレクションには後に国宝指定されたものまである(池大雅と与謝蕪村の競作 「十便十宜図」(2帖)、浦上玉堂 の「凍雲篩雪図」)。

昭和47年4月16日、 逗子マリーナの仕事部屋でガス自殺を遂げる。満72歳だった。墓所は鎌倉霊園(神奈川県)( )。

川端康成
・ 「青年期から現在に至るまで、川端氏が心をとらえられてきた主題は、終始一貫している。人間の本源的な孤独と、愛の閃きのうちに一瞬垣間見られる不滅の美とのコントラストという主題 ─恰も稲妻の一閃が、夜の樹木の花を瞬時に照らし出すような。」(三島由紀夫 ※ノーベル賞への推薦文より

『川端康成(新潮日本文学アルバム)』 川端秀子『川端康成とともに』。川端康成に48年間連れ添った秀子夫人による回想記
川端康成(新潮日本文学アルバム)』 川端秀子『川端康成とともに』。川端康成に48年間連れ添った秀子夫人による回想記

川端康成と馬込文学圏

『伊豆の踊子』を書いて1年くらいたった昭和3年 (29歳)、尾﨑士郎(30歳)から誘いがあって、当地に住まいを探し始める。尾﨑の 『凶夢』(大正12年)を川端が賞賛したことから付き合いが始まり、 伊豆の湯ヶ島で再会してから交流が深まった。 尾﨑の代表作『人生劇場』 (昭和12年)も、 川端が高く評価した。 大森ホテルに泊まりながら家をさがし、初め子母沢 (しもざわ。東京都大田区中央四丁目) の借家に住むが、しばらくして臼田坂の上り口近く (東京都大田区南馬込三丁目) に移転。

当地では希な「家賃が払える作家」 だったが、インクを水で薄めて使ったとか、家賃を滞納して大家に催促されたとか、 蒲田の質屋に通ったとか、貧乏譚が残る(『山本周五郎 馬込時代』)

翌昭和4年の9月17日(30歳)まで住んで、東京上野の桜木町に転居。 近所の作家たちの訪問など人的交流の活発さをうるさく思ったのだろう。ダンス会などがあるたびに宇野千代が秀子夫人を誘いにきて、その影響で夫人も断髪。宇野川端について回るので、二人の仲があやしいと言われることもあったようだ。こういった“馬込文士村”の軟派な感じ川端は脅威に感じたのだろう。桜木町は一高時代からの憧れの場所だった。

当地にいたのは1年と4ヶ月ほどだが、その間に秀子夫人が臼田坂で転んで流産した。川端は仕事に手がつかなくなり、ちょくちょく遊びにきていた池谷信三郎が心配して妻の高価な帯やら指輪やらを提供、川端はそれを蒲田の質屋にもっていってしのぐ。

馬込文学圏時代に川端は同人雑誌 「文学」 に参加した。 同誌の同人吉村鉄太郎川端の家の向い(歩きでも5分とかからないところ)にいたので、何らかの交流があったかもしれない。

昭和20年三島 (20歳)が自著を献本したところ川端 (45歳) から返礼があり、以後親交。師弟関係ともいわれるが、互いに尊敬しあう。ライバルとも。

作家別馬込文学圏地図 「川端康成」→

洗足池(東京都大田区南千束 map→)でボートをこぐ川端康成 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:『馬込文士村 〜あの頃、馬込は笑いに充ちていた〜』(東京都大田区立郷土博物館 原典:日本近代文学館所蔵写真)* 洗足池(東京都大田区南千束 map→)でボートをこぐ川端康成 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:『馬込文士村 〜あの頃、馬込は笑いに充ちていた〜』(東京都大田区立郷土博物館 原典:日本近代文学館所蔵写真)*


参考文献

●『文壇資料 馬込文学地図』近藤富枝 講談社 昭和51年発行) P.88-99 ●『山本周五郎 馬込時代』木村久邇典 福武書店 平成6年発行) P.79-81 ●『座談会 昭和文学史 (一) 』井上ひさし 小森陽一  集英社 平成15年発行) P.439 -557 ●『馬込文士村ガイドブック(改訂版)』(東京都大田区立郷土博物館編・発行 平成8年発行) P.13、P.22-23  ●『雪国(新潮文庫)』(昭和59年発行)P.161-162 ※伊藤整 「『雪国』について」 ● 『馬込文士村の作家たち』 (野村裕 自費出版 昭和59年発行) P.147-162 ● 朝日新聞 「be」 (平成21年5月2日) ● 『川端康成三島由紀夫 往復書簡(新潮文庫)』(平成12年発行)P.33 ●『川端康成とともに』(川端秀子 新潮社 昭和58年発行)P.35-43


参考サイト

ウィキペディア/川端康成(平成28年4月15日更新版) →

昭和からの贈りもの/昭和元年の出来事→

松岡正剛の千夜千冊/53夜 『雪国』 川端康成 →

文学者掃苔録図書館/川端康成 →

suntory/ニュースリリース No.8261 「没後30年 川端康成 ―文豪が愛した美の世界―」 展を開催 →


※当ページの最終修正年月日
2018.5.25

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