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「時局をわきまえていない」いう言葉でも、多くの表現が弾圧されました。
昭和16年、「
『縮図』は、作家と芸者の交流を描いた作品です。戦後、未完ながらも出版され、高い評価を受けました。「わきまえて」書きつないでいたら「作家秋声は死んだだろう」とは、文芸評論家・野田宇太郎の言葉。統制機関が珠玉の作品を闇に葬った歴史を忘れてはなりません(忘れれば、同じことがまた繰り返される)。
日中戦争を始めた政府は「国民精神総動員」(昭和12年〜)を打ち出し、遊興や贅沢を戒めますから、その最たるものとして花柳界が標的になったとも考えられますが、それ以上に、戦争遂行の要(政界や産業界)が花柳界と深い繋がりがあることや、官憲の不正行為などを、秋声が書いてしまったのが「極めてよろしくなかった」のでしょう。同時期に書かれた川端康成の『雪国』(昭和10〜)にも芸者が出てきますが、そちらは昭和12年、政府お墨付きの「文芸懇話賞」を受賞しています。良心を持って社会を描出すればすなわち体制批判になった時代、川端は“上手くやった”のですね。
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日本は言論統制の“先進国”でした(現在も?)。
「出版法」(明治26年公布)と、「新聞紙法」(明治42年公布)によって、あらゆる出版物を発行3日前までに内務省に提出、許可を得なくてはなりませんでした。それらは検閲され、皇室の尊厳の冒涜、
「出版法」が公布された明治26年は日清戦争の1年前で、「新聞紙法」が公布された明治42年は「明治43年の大フレームアップ事件」(俗称「大逆事件」)、「韓国併合」の1年前です。国が“悪さ”する前に批判の口封じの方策も用意したのでしょう。
日本近代詩史上の金字塔的作品『月に吠える』(萩原朔太郎)も、当初「風俗の壊乱」を理由に発禁の通達を受けています。原稿の段階での「事前検閲」ではなく、出版物が完成してからの「事後検閲」であり(発行6日後に発売禁止の通達があった)、著者のみならず出版社、印刷業者、製本業者などに精神的・経済的に大きなダメージを与えました。この意地悪で見せしめ的な処遇は、世界でもほとんど例がなく、ナチス・ドイツの言論弾圧をもしのぐ悪質さでした。禁止事項の「皇室の尊厳の冒涜」「安寧秩序の妨害」「風俗の壊乱」の定義も曖昧で、いかようにも解釈でき、好き勝手に運用できるのも大問題でした。極端な話、「こいつ気に入らない」となれば、これらの法律で陥れることもできました。これらの悪法が、出版界を縮み上がらせ、当局から目をつけられないように、無難であたり触りのない表現へと表現者を導きました。伏字は、そんな状況下に、出版界が自己防衛のために編み出したものです。
そして、アジア太平洋戦争を始める1年前(昭和15年)、さらなる出版統制を目指し、内閣、外務省、陸軍省、海軍省、内務省、逓信省などの情報管理部門が一元化して統制官庁「情報局」が誕生。検閲・統制のほか、マスコミ・文化・芸能に
当地(東京都大田区大森)に住んでいた井上司朗(37歳頃)は「情報局」の第五部第三課(後の文芸課)の課長として出版界に大きな影響力を持ちました。秋声の『縮図』への圧力にも井上の判断が含まれたことでしょう。名著『たった一人の山』(浦松
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| 『ドキュメント 横浜事件 』(高文研)。編集:「横浜事件・再審裁判=記録 資料刊行会」。第一線で活躍していた編集者が一斉に検挙され拷問を受けた「出版史上最悪の弾圧事件」を追う | 「横浜事件を生きて [DVD] 」。事件で生き残った木村 亨の再審請求の戦い。彼らはなぜ捕まり、どのような拷問を受けたか。また、拷問した側は戦後どうなったか。DVD購入者は上映会可とのこと |
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| 佐藤卓己『言論統制 〜情報官・鈴木 |
石川達三『風にそよぐ葦(上) (岩波現代文庫)』。弾圧下の出版社の苦難が描かれている |
■ 馬込文学マラソン:
・ 川端康成の『雪国』を読む→
・ 萩原朔太郎の『月に吠える』を読む→
・ 井上司朗の『証言・戦時文壇史』を読む→
■ 参考文献:
●『昭和史写真年表(1億人の昭和史15)』(毎日新聞社 昭和52年発行)P.75 ●『改造社と山本実彦』(松原一枝 南方新社 平成12年発行)P.83-114、P.198-209 ●『横浜事件 〜元『改造』編集者の手記〜』(青木憲三 昭和61年発行)P.20-27 ●「27年前の「横浜事件」映画 続々再上映/言論封じへの危機感/「共謀罪」審議の中「歴史の教訓に」」 (伊東浩一)※「東京新聞(夕刊)」(平成29年5月15日号)に掲載 ●「徳田秋声 〜作家と作品〜」(野田宇太郎)P.439-440 ※『徳田秋声集(日本文学全集8)』(集英社 昭和42年初版発行 昭和49年発行8刷)に収録 ●『十五年戦争下の登山 〜研究ノート〜』(西本武志 本の泉社 平成22年初版発行 同年発行2刷)P.202-207、P.224-233 ●『証言・戦時文壇史』(井上司朗 人間の科学社 昭和59年発行)P.8-9
※当ページの最終修正年月日
2024.8.29