昭和55年9月9日(1980年。
榊山 潤(79歳)が横浜の「シーサイドコーポ」(横浜市金沢区富岡町126シーサイドコーポH棟205号 Map→)の自宅で死去しました。
榊山は横浜で生まれ、その後、当地(東京都大田区)の池上や馬込、東京八丁堀、東京中野区大和町、東京小金井、東京小石川、東京池袋(初めて自分の家を持ったが、入居1日目に徴用令状が来る)、福島二本松、福島西谷、東京西巣鴨と転々とした後、昭和47年(71歳)横浜の「シーサイドコーポ」に移転。生まれた横浜に戻って、死んだのですね。
山本周五郎も後年、少年期を過ごした横浜へ戻り、そこで死んでいます。
“馬込文士村”(東京都大田区)の時代、榊山と親しかった牧野信一も、生まれ育った神奈川県小田原を自らの終焉の地にしています。牧野は自分で死にました。
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京急「富岡駅」(Map→)より「シーサイドコーポ」方面を望む。シーサイドといっても、今は海は遠い |
周五郎が晩年執筆場所にした間門園(Map→)。今も石段が残る。周五郎はここで転んでから具合が悪くなった |
小田原城のお堀端。東京に出てからもたびたび小田原に戻った牧野。この道もいく度もたどったことだろう |
新天地を求めて故郷を出ても、年を経て、故郷が懐かしくなって、近くに戻る人は少なくないかもしれません。
幼い頃は、自分を全面的に受け容れてくれる人が近くにいて、心安らかな時が流れていくことが多いことでしょう。恐いこと、痛いこと、ツライことがあってしくしくすれば、「どうしたんだい?」と温かい言葉が返ってくる。“故郷”への懐かしみは、多分そういった人的環境が影響していることでしょう。それと、家並みや、木々や、小鳥や、虫や、花々、空の雲や月や虹や、あれやこれやとの「初めての出会い」があるのも“故郷”の季節。大人になって、何年も、何十年も経って忘れかけていても、その時の驚きや感動が体と心に刻まれているのではないでしょうか(昔一緒に過ごした木々や山々や家々は語りかけてくる)。
宇野千代が初めて原稿料を得たとき、その飛び上がらんばかりの喜びの中、まっ先に飛んで行ったのが、夫のいる北海道でなく、継母と5人の弟妹がいる故郷の岩国でした(宇野だけが異腹だったが、継母の佐伯リュウは、いつも弟妹の中で宇野のことを尊重した)。
国枝史郎の伝奇小説『
神州
纐纈
城』には、富士山麓の
本栖湖
の湖底で、日夜、人の生き血で
纐纈布
を染める仮面の城主が出てきます。そんな彼も、ある日、少年だった日々を思い出し、押さえがたい望郷の念に駆られ、湖底を出て、“故郷”を目指します。しかし・・・。
三島由紀夫は、東京四谷区
永住町
(現・新宿区四谷四丁目22 Map→)で生まれ、偶然なのでしょうが、近くの陸上自衛隊「市ヶ谷駐屯地」で自裁しました。距離はわずか1kmほどです。
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三島が生まれたあたりの現況。左に見える「みょうが坂児童遊園」に沿って左に曲がったあたりに生家があった |
陸上自衛隊「市ヶ谷駐屯地」の正面入口。三島は「楯の会」のメンバーと、当地(東京都大田区)の自宅からここにやってきた |
そんな“故郷”とも、敢然と決別しようとしたのが室生犀星です。
ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや・・・
(室生犀星「小景異情」より)
大正2年「朱欒
」に掲載された犀星23歳の時の作品です。都会での生活がどんなに苦しくても懐かしい“故郷”に縋ってはならない。独り、強く生きぬかなくてはならないとの決意でしょう。犀星の場合は、故郷の石川県金沢での凄まじい幼少期がありましたので、「帰るところにあるまじや」には、何割かの悲しみと憎悪も含まれているかもしれません。
これらの犀星の詩にいたく感動したのが萩原朔太郎です。朔太郎は犀星の詩をほとんど諳んじていたそうです。“故郷”に対してやはり屈折した思いのあった朔太郎ですから、琴線に触れてくるものがあったのでしょう。
中原中也も“故郷”に対する複雑な心情を次のように表しています。
・・・これが私の故里だ
さやかに風も吹いてゐる
心置なく泣かれよと
年増婦の低い声もする
あゝ おまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
(中原中也「帰郷」より)
“故郷”は、「慰めが得られる場所」であると同時に、「問われる場所」でもあるのでしょう。その後、お前はどうしたか? と。
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「
故郷
」(松竹)。高度経済成長に翻弄される一家が、故郷の島を出る覚悟をするまで。監督:山田洋次、出演:倍賞千恵子、井川比佐志、笠 智衆、前田 吟、渥美 清ほか |
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ザ・ビートルズ 「マジカル・ミステリー・ツアー」。ビートルズには、自分の原点に戻れ(get back)のメッセージが散見される。このアルバムにも、ジョンが故郷を歌った「Strawberry Filds Forever」(YouTube→)と、ポールが故郷を歌った「Penny Lane」(YouTube→)が並んでいる |
ボブ・マーリー「ライヴ !」。昭和50年の伝説的なロンドン公演を収録した、ボブの4枚目のアルバム。ボブとウェイラーズの原点「Trench town Rock」(YouTube→)、ジャマイカのトレンチタウンの路上で粥(コーンミール)をすすった経験を織り込んだ「On Woman, No Cry」(YouTube→)を収録 |
■ 馬込文学マラソン:
・ 榊山 潤の『馬込文士村』を読む→
・ 山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→
・ 牧野信一の『西部劇通信』を読む→
・ 宇野千代の『色ざんげ』を読む→
・ 国枝史郎の『神州纐纈城』を読む→
・ 三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
・ 室生犀星の『黒髪の書』を読む→
・ 萩原朔太郎の『月に吠える』を読む→
・ 中原中也の「お会式の夜」を読む→
・ 井上 靖の『氷壁』を読む→
■ 参考文献:
●『歴史作家 榊山 潤』(小田 淳 叢文社 平成14年発行)P.143-170 ●「訪ねてきてくれた友だち(馬込文士村(22)」(谷口英久 ※「産經新聞」平成3年3月28日号掲載 ●『牧野信一と小田原』(金子昌夫 夢工房 平成14年発行)P.4-18、P.41-54 ●『牧野信一全集<第六巻>』(筑摩書房 平成15年発行)P.43、P.634、P.644-645 ●『切なき思ひを愛す(室生犀星文学アルバム)』(編:室生犀星文学アルバム刊行会(原 祐子ほか)
菁柿堂
平成24年発行)P.115
※当ページの最終修正年月日
2023.10.18
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