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星 亨 |
明治34年6月21日(1901年。
午後、星 亨
(51歳)が、東京市庁舎内で市長らと歓談中、剣術師範・
伊庭
想太郎によって斬り殺されました。
星は、嘉永3年(黒船来航の3年前。1850年)に江戸新橋八官町
(現在の東京都中央区銀座八丁目)の左官屋の棟梁の家に生まれましたが、父親は星の出生直後に出奔。食うに困った母親のマツ(松子)は、星を連れて漢方医の星 泰順と再婚します(2人の姉は里子に出された)。明治の政治の中枢を幕末の下級武士が担いましたが、彼らとて武士という、日本人口の1割にも満たない特権階級でした。庶民、それも苦労の多い一般庶民から政界の実力者にのし上がったのは星のみでした。
星は「何くそ」といった闘争心の塊となり、がむしゃらに学び、図抜けた学識を得るとともに、どん底からスタートして失うものを持たない心構えからか、不平等条約下の日本にありながら在留欧米人に対しても一歩も引かない態度を貫きました。そういった
不撓
不屈さが買われてのし上がっていった星ですが、その闘争心が人を人とも思わない不遜さとなって表れることもあり、敵が多く、地方に利益を誘導することによって勢力拡大を計ったことなどから、新聞に「公盗の巨魁」と書き立てられていました。短身肥満で怖い顔をしているのが悪徳政治家然としており、実際以上に悪く書き立てられていたようです。ルックスに惑わされるのは、今も昔も変わらないようです(愚かですね)。同時期の原 敬(星退任後の逓信大臣を継ぐ)なども利権政治を発展させた人物ですが、原の場合は、その貴族的な容姿からか、今でも「平民宰相」と呼ばれ偉人の一人に数えられています。
星は建設途上の東京市の議会に進出し、利権がらみで実業家層と結託、権勢をほしいままにしていました。政友党内でも、膨大な政治資金をばらまき主導権を掌握・・・。そんな最中に暗殺されました。
犯人の伊庭想太郎は、心形刀
流宗家第8代・伊庭軍兵衛の次男で(長男は戊辰戦争で活躍した片腕の剣士・伊庭八郎)、剣術を教えるかたわら、東京農学校校長、日本貯蓄銀行頭取、東京市四谷区議員、東京市教育会会員などをつとめる名士でした。星殺害後は逃げず、連行の途上、群衆の前で「斬奸
状」(斬殺の趣意書)を読み上げています。覚悟の上だったのです。無期懲役になり、2年後の明治36年、53歳で死没。病死といわれています。
星は死後、当地の本門寺(東京都大田区池上一丁目1-1 Map→)に葬られ、星の銅像が建ちました(星の銅像部分は戦中、供出され、現在は日蓮像が建つ)。
幕末からの日本で、暗殺(政治的影響力がある人の殺害)された人を列記すると、1860年の井伊直弼(「桜田門外の変」)、1864年の佐久間象山(当地の本門寺に犯人・河上彦斎
の石碑がある)、1866年の孝明天皇(異説あり)、1867年の坂本龍馬、明治44年の伊藤博文(前年(明治43年)より日本は韓国(現在の南北両朝鮮)を領有。伊藤は韓国統監府の初代統監に就任。犯人は韓国の独立主義者・
安 重根
)、大正10年の原 敬、大正12年の大杉 栄と伊藤野枝(東京憲兵隊大尉の甘粕正彦らに虐殺された)、昭和4年の山本宣治(前年(昭和3年)の第一回普通選挙で、労農党から立候補して当選していた(非合法下の日本共産党も支援していた))、昭和5年の浜口
雄幸
(翌昭和6年死亡)、昭和7年の犬養 毅(「五・一五事件」)、昭和11年の高橋是清と斎藤 実と渡辺錠太郎(「二・二六事件」)、平成14年の石井
紘基
(民主党の現役衆議院議員だった)、平成19年の伊藤
一長
(4選を目指す現職長崎市市長だった。選挙運動中に銃撃された)、平成20年の山口
剛彦
(山口は元厚生省の事務次官。翌日、同じく元厚生省の事務次官だった吉原健二宅も襲撃された)、令和4年の安倍晋三などなど。未遂を含めたらどれだけになるでしょう。勝 海舟や堺 利彦らも何度も命を狙われています。
だいぶ前のことですが、新田義興が当地(東京都大田区矢口。異説あり)で暗殺されました。
山本周五郎が『樅ノ木は残った』で題材にした寛文事件(伊達騒動の一側面)も、原田甲斐による伊達安芸の暗殺。
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閔妃 |
「閔妃殺害事件」(「乙未
事変」とも」)といった日本人が他国の人を暗殺した例もあります。駐韓公使の三浦梧楼や大陸浪人の岡本柳之助(「竹橋事件」にも関与。当地の本門寺に墓がある)の指揮のもと、日本の官憲と大陸浪人らが、ソウルの景福宮
に乱入、高宗の妃の閔妃を殺害した事件です(明治28年10月8日未明)。日清戦争後、日本は韓国の支配を強化しますが、韓国はそれに抵抗しロシアを後ろ盾にしようとします。その中心にいたのが閔妃だったのです。彼女を日本は亡き者にしました。日清戦争、日露戦争、韓国併合を理解する上での重要な事件です、義務教育を
卒
えた人ならこのくらい知ってますよね?(え! 先生も知らない?)。
みんな大好きな『坂の上の雲』が「閔妃殺害事件」をどう描いたか紐解いてみましたが、読み方が甘いのか、見つかりませんでした。天下の司馬遼太郎先生が、日清日露戦争を描いて、「閔妃殺害事件」に触れないなんてありえませんが・・・。 『坂の上の雲』のNHKによる映像化は何かと問題がありますが(著者の司馬自身が映像化に反対だった)、ドラマでは「閔妃殺害事件」にわずかですが触れていました。NHKにもやはりすごい人がいるようです(ぶっ壊されてはならない)。
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張 作霖 |
昭和3年、日本の関東軍が張 作霖
を爆殺。最初日本は、満州を勢力下に置くため、張 作霖を利用しようとしましたが(張 作霖も日本を利用して北京政府を樹立)、日本の言うことを聞かなくなってきたので亡き者にしました。
世界でも、暗殺がたくさん。「奴隷解放の父」エイブラハム・リンカーン(1865年暗殺)、「インド独立の父」マハトマ・ガンディー(昭和23年暗殺)、ソ連との核戦争を回避した米国のジョン・F・ケネディ(昭和38年暗殺)、米国の黒人解放運動家・マルコムX(昭和40年暗殺)、アフリカ系米国人の公民権運動の指導者キング牧師(昭和43年暗殺)、世界平和を訴えたビートルズのジョン・レノン(昭和55年暗殺)も暗殺されました。
どんな理由があったにしても、暗殺は、暴力とそれに伴う恐怖によって“自分の正義”を実現させようという許しがたい卑劣な行為です。でも、犯人を裁くだけでは十分ではありません。犯人が暗殺に至った「社会的な背景」や「個人的な背景」を知り、その防止に努めることが必要でしょう。
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鈴木武史『星 亨 〜藩閥政治を揺がした男〜 (中公新書)』。裸一貫から政界トップにまでのし上がった星亨の戦いの生涯 |
「JFK」。ケネディ大統領暗殺の真相に迫った作品。監督:オリバー・ストーン。出演:ケビン・コスナーほか。アカデミー賞の撮影賞と編集賞を受賞 |
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フィル・ストロングマン、アラン・パーカー『ジョン・レノン暗殺 〜アメリカの狂気に殺された男〜』(K&Bパブリッシャーズ )。訳:小山景子。「米国の暗部」に迫るノンフィクション |
鈴木エイト『自民党の統一教会汚染 2 〜山上徹也からの伝言〜』(小学館)。安倍元首相銃撃事件はなぜ起きたか? 同類の事件を起こさないためにも、その本質を知る必要がある |
■ 馬込文学マラソン:
・山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→
・子母沢 寛の『勝 海舟』を読む→
■ 参考文献:
●『星 亨 〜藩閥政治を揺がした男〜 (中公新書)』(鈴木武史 昭和63年発行)P.9、P.161-162、P.167-171、P.203 ●「八官町」※「日本歴史地名大系」(平凡社)に収録(コトバンク→) ●「伊庭想太郎」※「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」(講談社)に収録(コトバンク→) ●「星 亨」(HISTORIST(山川出版社)→) ●「乙未事変」(宮田節子)※「日本大百科全書(ニッポニカ) 」(小学館)に収録(コトバンク→)
※当ページの最終修正年月日
2023.6.21
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