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本を装う(昭和33年3月20日、室生犀星の『女ひと』、発行される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和33年3月20日(1958年。 室生犀星(68歳)の作品集『つゆくさ』日本の古本屋→が発行されました。表紙の梅雨草つゆくさは山口蓬春ほうしゅん (64歳)が描いたものです。梅雨草は、犀星が幼い頃からその開花で夏が来たのを知った、思入れのある花でした。

3年前(昭和30年)に発行した『女ひと』Amazon→の装画も梅雨草ですが、こちらは当地(東京都大田区南馬込一丁目)で犀星の家の斜め向かいに住んでいた小林古径に作画を依頼しています。両者は21年間も向かいに住んでいながらも会うと挨拶を交わす程度で(娘同士は仲良しだった)、古径犀星の本の装画を描いたことはありませんでした。それがある日、思い立って犀星古径に依頼。古径はこの梅雨草を描いた数ヶ月後に入院し、この絵が最後の作品になったようです。

犀星の『女ひと 』を飾った古径の梅雨草 犀星の『つゆくさ』を飾った蓬春の梅雨草
犀星の『女ひと』を飾った古径の梅雨草 犀星の『つゆくさ』を飾った蓬春の梅雨草

当地(東京都大田区)には物書きだけでなく美術家も数多く住んだので、他にも、両者のコラボレーションがありました。

山本周五郎 花岡朝生 はなおか・ちょうせい も、犀星古径と同様、南馬込一丁目に活動拠点がありました。 朝生は昭和2年から昭和11年までの9年間南馬込一丁目の古径の画室の留守番役を務めていました。朝生は周五郎の『島原伝来記』の装画を描いています。

意外にも、周五郎は近所(南馬込五丁目)の北園克衛とも親しくしていました。北園は、詩でもデザインでも、俗な人情は排し、純粋な造形美を目指した感があり、人情味豊かな作品で知られる周五郎とはおよそ方向性が違うようですが、二人とも戦中、当地にとどまり、けっこう行き来しています。北園周五郎の本を装丁しています。クールなデザインで、周五郎の本じゃないみたいですが(笑)。

周五郎の『島原伝来記』を飾った朝生の絵 周五郎の『なんの花か薫る』の装丁は北園克衛
周五郎の『島原伝来記』を飾った朝生の絵 周五郎の『なんの花か薫る』の装丁は北園克衛

当地(東京都大田区)に出入りしていた詩人の日夏耿之介や堀口大学と、版画家の長谷川 潔も、コラボレーションしていますね。

昭和12年発行の川端康成の『雪国』Amazon→の装丁を、3年前の昭和9年より当地(東京都大田区西蒲田)に工房を構えた染色家の 芹沢銈介せりざわ・けいすけ が手がけています。昭和18年、芹沢は「型絵染」の技法を完成させます。『雪国』の装丁はその過渡期の作品です。川端は昭和4年には当地(東京都大田区南馬込三丁目)を去り、東京上野の桜木に住んでいました。

『雪国』の表紙。シワのある紙に抽象的な図柄が染め付けられている

『雪国』の表紙。シワのある紙に抽象的な図柄が染め付けられている

言うまでもなく「本」はテキストだけで成り立つのではなく、その形態も重要な要素です。その形態(装丁)に確固としたイメージを持つ作家も少なくないことでしょう。犀星もそういった一人でした。

当サイトでも取り上げている『黒髪の書』を造本するにあたり、犀星は編集者に自筆の文字だけで構成する装丁案を提案しています。カバーや表紙に余計なイメージを付加したくなかったのでしょう。しかし、「時代の感覚に合わない」という理由で編集者に退けられ、画家の絵がカバーを飾ることになりました。表紙(カバーを外した本体の表紙)に辛うじて犀星の意向が残っています。

『黒髪の書』のカバー 『黒髪の書』の表紙
『黒髪の書』のカバー 『黒髪の書』の表紙

上掲の梅雨草が絵柄の二作品『女ひと』『つゆくさ』を今一度ご覧ください。昭和30年(犀星66歳)に発行された『女ひと』の題字は活字になっています。犀星はそれが不満で「また僕の装丁が崩れた」と編集者に書き送りました。3年後(昭和33年犀星68歳)に発行された『つゆくさ』では、自筆の題字が復活、著者名も活字でなく 畦地梅太郎 あぜち・うめたろう に彫らせています。装丁を巡り、作家と編集者はせめぎ合うものなのですね。

人に任せるのでは物足りず、自ら装丁する物書きも少なくありません。

北原白秋が自装した詩集『おもひで』。明治時代にしてこの洗練した感じ 萩原朔太郎が自装した詩集『青猫(あおねこ) 』。青猫の「青」に、補色の「黄」をぶつけ、鮮烈
北原白秋が自装した詩集『おもひで』。明治時代にしてこの洗練した感じ 萩原朔太郎が自装した詩集『青猫あおねこ 』。青猫の「青」に、補色の「黄」をぶつけ、鮮烈

堀 辰雄の『聖家族』も、自装本(著者自らが装丁した本)です。

最後に、傑作をば1点。

宮沢賢治の『春と修羅』。布に広川松五郎の絵。大貫伸樹氏はこの一冊に出会い、ブック・デザイナーを志すようになったそうだ

宮沢賢治の『春と修羅』。布に広川松五郎の絵。大貫伸樹おおぬき・しんじゅ氏はこの一冊に出会い、ブック・デザイナーを志すようになったそうだ

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大貫伸樹『装丁探索』(平凡社)。「装丁も楽しまなければ本の価値を半分しか摂取していない」。掲載書影300点余り。デザイナーによる装丁論 小林真理『画家のブックデザイン』(誠文堂新光社)。小村雪岱、竹久夢二、恩地孝四郎、川端龍子、藤田嗣治、東郷青児、村山知義、芹沢銈介、 司 修・・・。カラー写真が嬉しい
大貫伸樹『装丁探索』(平凡社)。「装丁も楽しまなければ本の価値を半分しか摂取していない」。掲載書影300点余り。デザイナーによる装丁論 小林真理『画家のブックデザイン』(誠文堂新光社)。小村雪岱せったい竹久夢二恩地孝四郎おんち・こうしろう 、藤田 嗣治つぐはる東郷青児村山知義司 修つかさ・おさむ
鈴木一誌 『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』(誠文堂新光社) 「装丁家 鈴木成一の仕事 〜誇りは自分で創り出す〜(プロフェッショナル 仕事の流儀)」
鈴木一誌ひとし 『ブックデザイナー鈴木一誌の生活と意見』(誠文堂新光社) 「装丁家 鈴木成一せいいち の仕事 〜誇りは自分で創り出す〜(プロフェッショナル 仕事の流儀)」

■ 馬込文学マラソン:
室生犀星の『黒髪の書』を読む→
山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→
『北園克衛詩集』を読む→
川端康成の『雪国』を読む→
北原白秋の『桐の花』を読む→
萩原朔太郎の『月に吠える』を読む→

■ 参考文献:
●『大森 犀星 昭和』(室生朝子 リブロポート 昭和63年発行)P.257-260 ●『犀星の本づくり』(室生犀星記念館 平成25年発行)P.10-12 ●『小林古径(巨匠の名画16)』(学研 昭和52年発行)※年譜(作成:関 千代) ●「孤高の画家 花岡朝生(1)(2)」(大庭美恵子 ※「月刊おとなりさん」(令和元年9-10月号 ハーツ&マインズ)掲載) ●『山本周五郎 馬込時代』(木村久邇典くにのり  福武書店 昭和58年発行)P.156-157、P.188-191 ●『山本周五郎戦中日記』(角川春樹事務所)P.32、P.121、P.126  ●『装幀列伝 〜本を設計する仕事人たち〜(平凡社新書)』( 臼田捷治うすだ・しょうじ  平成16年発行)P.11-12、P.31-37 ●「山本周五郎著作目録一覧」山本周五郎作品館→ ●「型絵染による美の表現 〜芹沢銈介〜」東京工業大学博物館→ ●「『春と修羅』の装丁」(大貫伸樹)WEB大学出版→

※当ページの最終修正年月日
2023.3.19

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