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医は仁術(昭和17年3月13日づけの山本周五郎の日記より)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山本周五郎

昭和17年3月13日(1942年。 当地(東京都大田区南馬込一丁目18-5 Map→)に住んでいた山本周五郎(38歳)が、戸越(東京都品川区 Map→)に赴き、内野 三悳さんとく という医師(外科・産婦人科)に会って、『曽我物語』を借用、かわりに『 其角きかく 全集』を贈っています。医師と患者の関係を超え、文学的交流もあったのですね。

内野は、周五郎の小説『赤ひげ診療 たん Amazon→に登場する無骨でも人道を貫く医者・新出去定にいで・きょじょう(「赤ひげ」というあだ名を持つ)のモデルです。おそらく、内野の性格とか外見とかに周五郎は人物造形のヒントを得たのでしょう。同作は、昭和40年、黒澤 明監督(55歳)が映画化し世界的な評価を受けます。「赤ひげ」は“心ある医師”の代名詞となりました。

『赤ひげ』の舞台は「小石川養生所」で、「赤ひげ」の歴史上のモデルは、同養生所の初代 肝煎きもいり (支配人)・小川 笙船しょうせん (1672-1760)です。

「小石川養生所」は、享保7年(1722年)にできた困窮者のための無料医療施設で、目安箱に投函された小川の嘆願を受けて、八代将軍・徳川吉宗が大岡越前守(大岡 忠相ただすけ )に検討を命じて作らせたものです。吉宗の善政(「享保の改革」)の中でも出色のもの。

「小石川養生所」は現在「小石川植物園」(東京都文京区白山三丁目7-1 Map→ Site→)になっている。園内に「小石川養生所」時代の井戸が残る。黒澤映画「赤ひげ」の最後の方での井戸の場面を思い出す 「小石川養生所」は現在「小石川植物園」(東京都文京区白山三丁目7-1 Map→ Site→)になっている。園内に「小石川養生所」時代の井戸が残る。黒澤映画「赤ひげ」の最後の方での井戸の場面を思い出す

やはり当地(東京都大田区)に住んだ室生犀星 下島 勳 しもじま・いさお という医師と親しくしていました。東京田端の医師で、田端に住んだ頃から犀星は世話になっていました。下村は芥川龍之介の主治医でもあり、萩原朔太郎堀 辰雄、窪川鶴次郎らも看てもらっています。犀星は当地に越してきてからも下島に薬を作ってもらったりしていました。下島には書画・俳句の才があり、やはり医師と患者の関係を超え、作家たちと交流。下島は、郷里の長野県伊奈の放浪俳人・井上井月せいげつ に傾倒し、作品を収集し『井月の句集』を出版しました。

階段のあるアパートあたり(東京都北区田端一丁目15-17 map→)に、下島の「楽天堂医院」があった。向いの左手奥に見える白い塀あたりに“田端作家”の交流の場「天然自笑軒」があった。堀 辰雄が立ち上げた文芸誌「 驢馬(ろば) 」の題字は下島の筆(Photo→) 階段のあるアパートあたり(東京都北区田端一丁目15-17 Map→)に、下島の「楽天堂医院」があった。向いの左手奥に見える白い塀あたりに“田端作家”の交流の場「天然自笑軒」があった。堀 辰雄が立ち上げた文芸誌「 驢馬ろば 」の題字は下島の筆Photo→

やはり当地(東京都大田区)に住んでいた真船 豊と平井医院(東京都大田区山王二丁目2-6 Map→)との関係も深いです。昭和6年、真船(29歳)は駆け落ち同然に当地(東京都大田区南馬込五丁目11-4 Map→)に所帯を持ち、翌年子どももできますが、直後に妻が結核で寝込んでしまいました。真船は子どもと妻の世話をしながら、家事と雑誌の仕事をこなさなければならなくなります。 経済的にもどん底で、妻に十分な治療を受けさせることができませんでした。時間にも体力にも限界がありました。そんな時助け舟を出したのが、平井医院の平井院長でした。平井は頼まれてもいないのに看護婦を真船の家にさしむけ、掃除・洗濯から料理までさせたといいます。当時の真船はまだ無名です。 支払いを気にする真船に平井は一言、「心配せずに、勉強せい」と言ったとか。その後真船は、夜を徹して戯曲『 いたち 』を書き、その作品がきっかけで演劇界に頭角を現します。平井がいなかったら「戯作家・真船 豊」は誕生しなかったかもしれません。

真船 豊を物心両面で支えた平井医院。「戦前、戦中、戦後も同じところに同じ建物であります」〔「わが町あれこれ」 5号〕とのこと。空襲で焼け残った貴重な建物なのだろう。現在はラーメン屋「豚山」(東京都大田区山王二丁目2-6 map→)が入っている 真船 豊を物心両面で支えた平井医院。「戦前、戦中、戦後も同じところに同じ建物であります」〔「わが町あれこれ」 5号〕とのこと。空襲で焼け残った貴重な建物なのだろう。現在はラーメン屋「豚山」(東京都大田区山王二丁目2-6 Map→)が入っている

倉田百三と当地の安田眼科(東京都大田区南馬込三丁目37-17 Map→)とのつながりも強いです。 倉田の主治医だった安田が、倉田亡き後に倉田邸を譲り受けて現在にいたるとのこと。近年まで倉田の書斎や庭のエンタシスの柱が残っていたようですが、現在はどうでしょう。病弱な倉田は、「平井病院分院」に入院したこともあります。分院の方は、春日神社(東京都大田区中央一丁目14-1 Map→)の向かいにあった「 一二三ひふみ 屋そば」の裏あたりにあったようです(「わが町あれこれ」5号)。

医師といえば、西東三鬼が治安維持法違反容疑で連行される2年ほど前(昭和13年)まで、当地(東京都大田区大森北一丁目)で歯医者をやっていました。俳句を始めたのも、患者に勧められてとのことです。

辻 潤は“天狗になった”頃(昭和7年。47歳頃)、斎藤茂吉の青山脳病院に入院しています。

考えてみると、医師でありものも書いた人って結構います。森 鴎外、渡辺淳一、北 杜夫、神谷美恵子、加賀乙彦、なだいなだ、北山 修などなど。安部公房は医師としての仕事はしなかったようですが、帝大医学部を卒業したのですね。

中村 哲
中村 哲

「人を救う」という医療の本質に立つ時、医師が医療の枠を超えていくこともあります。20年以上パキスタン、アフガニスタンでハンセン病などの治療にあたってきた中村 哲は、病の原因に深刻な水不足があることに思い至り、用水路や井戸の設置に尽力するようになりました。当地にゆかりある小説家・火野 葦平 あしへい (東京都大田区池上に住んだことがある)は中村の母方の伯父に当たるそうです。

現在、医師の 過重かじゅう 労働が問題になっています。週60時間以上働いている勤務医は40%を越え(平成28年)、その割合はフルタイム・サラリーマンの3倍超。労働時間にカウントされない呼び出し待機などもあり、過酷です。志はあっても、日々の業務をこなすのに青息吐息では、「赤ひげ」になるのは極めて難しいでしょう。

「赤ひげ」(東宝)。原作:山本周五郎。監督:黒澤 明、出演:三船敏郎、加山雄三、香川京子、山崎 努、桑野みゆき、杉村春子ほか 『大逆事件と大石誠之助 〜熊野100年の目覚め〜』(現代書館)。編集:熊野新聞社。貧しい人からは診療代をとらず「毒取る(ドクトル)先生」と呼ばれ親しまれた和歌山県の医師。当局はなぜ彼を死刑にしたのか?
「赤ひげ」(東宝)。原作:山本周五郎。監督:黒澤 明、出演:三船敏郎としろう 、加山雄三、香川京子、山崎 努、桑野みゆき、杉村春子ほか。キネマ旬報ベスト・テンの第1位。三船はヴェネツィア国際映画祭で男優賞を受賞 『大逆事件と大石誠之助 〜熊野100年の目覚め〜』(現代書館)。編集:熊野新聞社。貧しい人からは診療代をとらず「毒取る(ドクトル)先生」と呼ばれ親しまれた和歌山県の医師。当局はなぜ彼を死刑にしたのか?
『名医(日本の名随筆 (別巻43))』(作品社)。編:斎藤 茂太。北 杜夫「ヤブ医者の話」、石垣りん「医者と私」、柳田邦男「苦悩する病者の声を聞く心」、神谷美恵子「島の診療記録から」他 『病院が壊れる(週刊東洋経済)』。医師も看護師も集まらず救急を断っている病院、莫大な赤字で補助金が頼りの病院、大学病院に多数いる「無給医」など、問題が山積みの医療界。大病院も非常事態
『名医(日本の名随筆 (別巻43))』(作品社)。編:斎藤 茂太。北 杜夫「ヤブ医者の話」、石垣りん「医者と私」、柳田邦男「苦悩する病者の声を聞く心」、神谷美恵子「島の診療記録から」他 『病院が壊れる(週刊東洋経済)』。医師も看護師も集まらず救急を断っている病院、莫大な赤字で補助金が頼りの病院、大学病院に多数いる「無給医」など、問題が山積みの医療界。大病院も非常事態

■ 馬込文学マラソン:
山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→
室生犀星の『黒髪の書』を読む→
芥川龍之介の『魔術』を読む→
萩原朔太郎の『月に吠える』を読む→
堀 辰雄の『聖家族』を読む→
真船 豊の『鼬』を読む→
倉田百三の『出家とその弟子』を読む→
辻 潤の『絶望の書』を読む→

■ 参考文献:
●『山本周五郎 戦中日記』(角川春樹事務所 平成23年初版発行 平成23年発行2刷参照)P.16-17 ●『江戸の「事件現場」を歩く』(監修:山本博文 祥伝社 平成29年発行)P.120-122 ●『筆洗』「東京新聞」(平成28年9月13日朝刊) ●『室生犀星全集 別巻一』(新潮社 昭和41年発行)P.79 ●『大森 犀星 昭和』(室生朝子 リブロポート 昭和63年発行)P.61-63 ●『田端文士村(中公文庫)』(近藤富枝 昭和58年発行)P.149-165 ●『孤独の徒歩』(真船 豊 新制社 昭和33年発行)P.165-168 ●「馬込文士村 22」(谷口英久)※「産経新聞」平成3年3月12日号に掲載 ●「わが町あれこれ 5号」(城戸 昇編・発行 平成7年発行)P.46-47 ●「疲弊する勤務医」(「東京新聞」平成30年2月18日) ●「新宮市 大逆事件連座で処刑医師、大石誠之助を名誉市民」毎日新聞→

※当ページの最終修正年月日
2024.3.13

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