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川端康成は一高で学ぶために上京、従兄弟のいる浅草に住み始めた頃、ドストエフスキーに傾倒しました。北条民雄にもドストエフスキーを勧めています。
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三島由紀夫だって若い頃からちゃんと読んでいます。24歳で脱稿した『仮面の告白』のエピグラフ(巻頭に置かれる引用文)は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』からの一文。「悪の中にも美が存在」し「美の中にも悪が存在」するといったことをいっている箇所で、ドストエフスキーの描く人間の複雑性・多面性に三島が注目していたのが分かります。混沌とした、複雑な、矛盾をはらむ個々の人間の内面を描くことをドストエフスキーは「魂のリアリズム」と呼び、追求しました。彼は後に「実存主義(本質より個別的な実存を優先して考える考え方)の祖」と呼ばれます。
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萩原朔太郎も大正5年頃(29-30歳頃)、「深刻な心理学や、犯罪学や、ポオなどに共通する病的変態精神」が描出されている『カラマーゾフの兄弟』を耽読しました。「室生犀星や山村暮鳥や「白樺派」の人たちは、ドストエフスキーの人道的な面に感心しているようだけど、自分は違う」と朔太郎は書いています。その頃(大正5年頃)、朔太郎は大きな文学的インスピレーションを得ています(彼はその体験を「神を見る」と名づけた)。ドストエフスキーを読んで、自身の「病的変態精神」を受け入れることができたのかもしれません。それを忌避するのではなく、受け入れて表出し、文学として昇華させる手法を朔太郎は手にしたのでしょう。「神を見た」翌年の大正6年、朔太郎(30歳)は第一詩集『月に吠える』(Amazon→)を発行、詩人としてブレイクします。
最初期のドストエフスキーを高く評価した批評家のベリンスキーは、のちに、ドストエフスキーの「心理主義への病的な傾斜」(朔太郎が「病的変態精神」と名づけたようなことか)をマイナス評価するようになりました。立原道造がドストエフスキーを嫌ったのも、そういった点でしょう。立原とてドストエフスキーが
犀星も朔太郎からドストエフスキーを勧められハマりにハマっています。でも、朔太郎のハマり方とは異なりました。『罪と罰』に登場するソーニャもそうですが、ドストエフスキーの小説には「異常に魅力的な少女」が登場するのです。惨憺たる物語の中で、彼女らが“天使”の役割を果たします。犀星が熱愛したのは『虐げられた人びと』(Amazon→)に登場するネルリ。不幸な生い立ちの中で気高く生きる少女です。ネルリは太宰 治の不思議な小説(?)『葉』(青空文庫→)にも出てきます。
ドストエフスキーは日本にどうもたらされたのでしょう。
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内田魯庵 |
北村透谷 |
明治25年、内田魯庵(24歳)が、二葉亭四迷(28歳)の手を借りて『罪と罰』の前半部を訳出しました。『罪と罰』の初版発行(慶応元年(1866年))から26年たっていました。ドストエフスキーの死(明治14年。59歳)の11年後。
翌明治26年、北村透谷(25歳)が内田訳『罪と罰』を読み、高く評価しました。作中の犯罪(小狡い金貸しの老婆とその妹の殺害)は、知的エリート(非凡人)の差別意識からのもので、時代の矛盾が惹起したものと捉えました。その頃、樋口一葉も内田訳の『罪と罰』を繰り返し読んだようです。その後、一葉は「奇跡の14ヶ月」(彼女の主な作品がこの14ヶ月間に書かれた)に突入、やはり、ドストエフスキー体験が大きかったのではないでしょうか。
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| モチューリスキー『評伝 ドストエフスキー』(筑摩書房)。訳:松下 裕、松下恭子 | ドストエフスキー『罪と罰〈上〉 (岩波文庫) 』。訳:江川 卓 |
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| 高橋誠一郎『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機 』(成文社)。「権力と自由」の問題に肉薄した『罪と罰』が、日本でどう受容され、またどう拒絶されたか。その現代的問題性を問う | 『21世紀 ドストエフスキーがやってくる』(集英社)。大江健三郎、金原ひとみ、島田雅彦、亀山郁夫、安倍龍太郎、井上ひさし、中村文則、斎藤 環、斎藤美奈子らがドストエフスキーを語る |
■ 馬込文学マラソン:
・ 川端康成の『雪国』を読む→
・ 三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
・ 萩原朔太郎の『月に吠える』を読む→
・ 室生犀星の『黒髪の書』を読む→
■ 参考文献:
●「ドストエフスキー」(江川 卓)※「日本大百科全書(ニッポニカ) 」(小学館)に収録(コトバンク→) ●『罪と罰(1)(光文社古典新訳文庫)』(ドストエフスキー 訳:亀山郁夫 平成20年発行)P.467-469 ※読書ガイド ●『川端康成(新潮日本文学アルバム)』(昭和59年発行)P.12-13、P.104 ●『萩原朔太郎(新潮日本文学アルバム)』(昭和59年発行)P.33 ●『評伝 室生犀星』(船登芳雄 三弥井書店 平成9年発行)P.176-179 ●「冬は氷点下、小屋にこもって薪ストーブの傍で本を読みます」(Tiny House Periodicals→) ●「愛の詩集」(室生犀星書籍博物館→) ● 『深くておいしい小説の書き方』(三田誠広 朝日ソノラマ 平成7年発行)P.50 ●『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機 〜北村透谷から島崎藤村へ〜』(高橋誠一郎 成文社 平成31年発行)P.3-4、P.49、P.60-65、P.102-104
※当ページの最終修正年月日
2025.4.22