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山岡鉄舟 |
山岡鉄舟が徳川側の使いとして東征軍のただ中に飛び込んでいけたのも、「すぐ動く」ことができる胆力があったからでしょう。
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昭和6年、日本の軍部が中国での侵略行為を拡大し、それに政府が引きづられているのを憂慮して、芦田 均は、20年以上も続けてきた外交官の職を投げ打って、政治家に転身します。その決断・行動の早さに驚かされます。戦争を美化したり、他国民を誹謗したり差別したりするのは
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林 芙美子が昭和6年から7年にかけて単身、片道切符だけを手にしてシベリア鉄道で乗り、パリに渡ったのも、計算づくではなく、すぐ動いた結果と思われます。
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三島由紀夫が東大全共闘のただ中に単身飛び込んでいったのも然り。
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ヒルティ |
日常は「すぐやった方がいいこと」の連続とも言えます。ヒルティ(スイス。政治家・法学者・文筆家。1833-1909)が次のように書いています。
・・・まず何よりも肝心なのは、思いきってやり始めることである。仕事の机にすわって、心を仕事に向けるという決心が、結局一番むずかしいことなのだ。一度ペンをとって最初の一線を引くか、あるいは
また他の人たちは、特別な感興のわくのを待つが、しかし感興は、仕事に伴って、またその最中に、最もわきやすいものなのだ。・・・(中略)・・・だから、大切なのは、事をのばさないこと、また、からだの調子や、気の向かないことなどをすぐに口実にしたりせずに、毎日一定の適当な時間を仕事にささげることである。・・・(中略)・・・諸君にとってもっとも容易なものから始めたまえ、ともかくも始めることだ、と。こうすれば完全に体系的にやらないためにあるいは仕事の順序の上で廻り道になるかも知れないが、その欠点は時間が得られるということで償って余りあるくらいである。・・・(ヒルティ『幸福論』より)
「すぐやろう」を謳った本は腐るほど出てますが、この一冊で十分でしょう。名著です。ヒルティの「すぐやろう」の文章に接した三浦綾子は、長い間やろうやろうと思いながらもできなかった部屋の大掃除を、突如、真夜中に始めたそうです(笑)。
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ボブ・マーリー |
ボブ・マーリーの「Work」という歌には、「Now」(今)という掛け声が小気味よく入ります。他にもボブの歌には、「Now」がけっこう入りますね(「Stir It Up」「Natty Dread」「Trench Town Rock」など)。
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| ヒルティ『幸福論 (第1部) (岩波文庫)』。訳:草間平作 | 塚本 亮『すぐやる人の「やらないこと」リスト』(河出書房新社) |
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| 『伊能忠敬 (別冊太陽 日本のこころ) 』(平凡社)。監修: |
『フォレスト・ガンプ」。知能に障害があり、歩くことも困難な男が、人生に愚直に飛び込み、幸せをつかんでいく。監督:ロバート・ゼメキス、主演:トム・ハンクス |
■ 馬込文学マラソン:
・ 宇野千代の『色ざんげ』を読む→
・ 尾﨑士郎の『空想部落』を読む→
・ 三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
■ 参考文献:
●『宇野千代(新潮日本文学アルバム)』(平成5年発行)P.28-35、P.40 ●「品川・大井・入新井/地名変遷」(Masaya Saitou's Nature Explorer→) ●「野口冨士男の鈴ヶ森散歩(ポプラハウス編)」(東京紅団→) ●『生きて行く私(中公文庫)』(宇野千代 平成4年発行)P.111-120、P.148-151 ●『罌粟はなぜ紅い(宇野千代 中央公論社 昭和5年発行)』P.220-230 ●『幸福論(岩波文庫)』(ヒルティ 昭和10年初版発行 平成20年発行92刷)P.24-29
※当ページの最終修正年月日
2025.3.30