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広津和郎は、戦前、戦後を通じてバリバリの社会派だが、この短編集『昭和初年のインテリ作家』では、何も難しいことを言わない。告発調でもないし、激することもない。ただ淡々と“訳ありな人たち”に寄り添うのみだ。* 病の夫の薬を得るために身を売る妻の話や、今日の米を得るために別れた妻に頭を下げる男の話。人の夫婦の子どもを生む女もいれば、父親の元であたら青春を不完全燃焼させている娘さんも出てくる。 皆、ちょっぴり、またはかなり悲惨なのだが、そこにほのぼのとした空気も流れるのが不思議。広津の人柄からなのだろう。彼はダメなものはダメだが、それでも極力、人の美点を見ようとする人だった。* 表題作の「昭和初年のインテリ作家たち」は、昭和初期の当地(東京都大田区馬込周辺)の作家たちの話だ。 須永という話好きは尾侮m郎だろうし、北川は広津自身に違いない。 夫の須永をうっとり見つめる細君とくれば宇野千代で、途中から現れる痩せ衰えた詩人は萩原朔太郎か。ここでは、大流行のプロレタリア文学にもなじめず、米国伝来のコマーシャリズムにも腹を立て、若い作家たちがもてはやすフランス文学にもついていけない純文系の作家たちの苦悩が、面白おかしく描かれている。* ・・・まん丸なお月様が、 ああ、人生に悲哀あり。 この広津和郎という人は、悲哀に満ちたこの“人間の世”ってやつがどうしようもなく好きだったんだろうな、と思う。* 「昭和初年のインテリ作家」について
昭和5年4月、「改造」に掲載された広津和郎(38歳)の短編小説。 昭和9年発行の作品集の標題にもなっている。* 広津和郎について
多額の負債を、円本の印税で返済 麻布中在学時から書き始め、早稲田大学在学中からは翻訳で稼ぐ。 大正元年(21歳)、葛西善蔵らと同人誌「奇蹟」を創刊。卒業後、評論などを書く。 大正6年(26歳)、『神経病時代』で認められた。大正12年(32歳)、『武者小路実篤全集』の出版を目的に「芸術社」を起こすが、極端に凝った造本で採算が合わなくなり、失敗。その時抱えた負債を返済する目的で「大森書房」を設立するが、それも失敗。多額の負債を負う。 しかし、その後の「円本ブーム」の波に乗って無事返済。周りからの信望が厚く、女性関係も複雑だった。悲観にも楽観にも偏らない「散文精神」なるものを主張、モットーにした。* 「松川事件」被告救済運動ほか* 昭和26年(60歳)、カミュの『異邦人』 を巡って中村光夫と論争。広津は作品に否定的だった。* 昭和43年9月21日(1968年)、76歳で死去する。墓所は谷中霊園(東京都台東区谷中七丁目5-24 map→)( )。* ■ 広津和郎評
広津和郎と馬込文学圏大正15年(35歳)、銀座の「カフェー・タイガー」のナンバーワン給仕・松沢はま(参考:近藤『本郷菊富士ホテル』)と当地(東京都大田区南馬込二丁目22-3 map→)に新居を構えた。すでに当地(東京都大田区山王四丁目2 map→)に住んでいた父親の広津柳浪(65歳)の近くに住むことが大きな目的だった。当地に「芸術社」社員の間宮茂輔や、はまの兄の松沢太平が弁天池(東京都大田区山王四丁目23-5 map→)の近くで「チップトップ」という本屋をやっていたようで、それも関係したろうか。** 馬込文学圏では、麻雀、絵画(※1)、魚釣り、キャッチボールなどに熱中。 書斎に尾侮m郎、宇野千代、国木田虎雄、吉田甲子太郎、保高徳蔵らを招いては文学談義に花を咲かせたという。 遊びながらも、菊富士ホテルを仕事場にして、旺盛に執筆する。 昭和4年(38歳)、大森書房を設立。 昭和5年(39歳)、世田谷に転居した。 広津の馬込文学圏時代は、4〜5年ほど。
脚注※2 : ↑ 二科展に入賞したこともある腕前。若い頃画家になろうとしたが、父・柳浪の勧めで早稲田の文科に進学した。 参考文献● 『昭和初年のインテリ作家』(広津和郎 改造社 昭和9年) P.249 ● 『広津和郎 この人との五十年』(間宮茂輔 理論社 昭和44年) P.82-105 ● 『さまよへる琉球人』 (広津和郎 解説:仲程昌徳 同時代社 平成6年発行)P.137-139 ● 『文壇資料 馬込文学地図』(近藤富枝 講談社 昭和51年) P.34-44 ● 『馬込文士村ガイドブック(改訂版)』(東京都大田区立郷土博物館編・発行 平成8年) P.58-59 ● 『本郷菊富士ホテル(中公文庫)』 (近藤富枝 昭和58年初版発行 平成10年4刷参照) P.157-163 ● 『馬込文士村ガイドブック(改訂版)』(東京都大田区立郷土博物館編・発行 平成8年発行) P.58-59 ● 『座談会 昭和文学史 (一)』(井上ひさし・小森陽一 編 集英社 平成15年) P.56-66、P.492 参考サイト・ 早稲田と文学/広津和郎→ ※当ページの最終修正年月日 |