|
|||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||
|
昭和2年12月6日(1927年。
芥川龍之介の『 芥川は4ケ月ほど前に死去、この本は、彼が大正12年から死の年(昭和2年)にかけて「文藝春秋」に発表されたアフォリズムを編集したものです。 アフォリズムは、古代ギリシャの医者・ヒポクラテス(紀元前460年頃-紀元前370年頃。弥生時代)が医学の心得を簡潔に記したものをそう呼んだのが最初のようです。「人生は短く、人為は長い」(「芸術は長く、人生は短し」と改変されることも)も、ヒポクラテスのアフォリズムのようです。 医学の言葉に端を発するだけあって、アフォリズムには、指針や気づきを与えてくれるものも多く、 警句、箴言、金言などと和訳されます。 フランスのモラリスト (1500年代からの、ありのままの人間を観察・受容しつつ、生き方を追求した人たち。モンテーニュ、パスカル、ラ・ロシュフコー、ラ・ブリュイエールなど)に愛好され、数々の傑作が生まれたとのこと。 芥川の『侏儒の言葉』には6頁ほどのエッセイに近いものも含まれますが、1行〜3行ほどのものも多く、そういった諳んじることができるほどのものが簡潔を旨とするアフォリズムと呼ばれるにふさわしいような気がします。 『侏儒の言葉』からいくつか拾ってみれば、 道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは 人生は常に複雑である。複雑なる人生を簡単にするものは暴力より外にあるはずはない。 危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である。 絶対に服従することは絶対に批判を加えぬことである。すなわち理想的兵卒はまづ理性を失わなければならぬ。 自由は 彼の幸福は彼自身の教養のないことに存している。同時にまた彼の不幸も、──ああ、何という退屈さ加減! 道徳、人生、危険思想、服従、自由、幸福、阿呆といった馴染みの言葉も、芥川にかかると違った様相となります。
戦中、ジャーナリストとして戦争に加担したむのたけじも、戦後、「朝日新聞」を退社し、絶望のどん底から這い上がりながら、1から素手でコトバを どのように生きるかにあせる人は多い。なんのために生きるかになやむ人は少ない。生きる目的がはっきりしておれば、どのようにしてでも生きていけるのに。(「たいまつ」24番) 主人にペコペコする店員は、きまって客に横柄である。(「たいまつ」199番) 勇気のない学問は奴隷の技術である。(「たいまつ」283番) 「友」については、 さびしいときにそのひとを思えば慰められる、そんな友はほしくない。怠けるときにそのひとを思えば アフォリズムに限らずとも、心に刺さる一言なら、巷にあふれており(文芸作品、映画、音楽、アニメ、ゲーム、コピー、CM、キャッチフレーズ、標語、ある人の一言など)、その中から自分にぴったりのものを見つけ、座右の銘にしている方も多いことでしょう。 滝野の口もとに耳を近づけた。檻。そう聞えた。 タフでなければ生きてゆけない。 生まれた街の匂い やっと気づいた みんな正吉だな? いまやらねばいつできる。 誰が人殺しで、誰が犠牲者だ。 振り向くな、振り向くな、 一人で生まれて 連帯を求めて 前人未到の仕事だからこそ、私は本気になるわけです。 明日間違えたくなければ、 良くも悪くもパワフルな一言は、人の意識や生活や人生をコントロールしかねないので、注意が必要です。国民を戦争に導いたのも言葉(プロパガンダ)でした。日清戦争は「文野の戦争」で、満州侵略戦争(俗称:満州事変)は「満蒙(満州)は日本の生命線」で、アジア太平洋戦争は「鬼畜米英」。国民に我慢を強いるために「贅沢は敵だ」といったスローガンもばら撒かれました。現今の政党のスローガンにも「なんだかなぁ」ってのがありますよね? そういった言葉の“魔力”に流されないための知識や判断や行動も必要となってきます。 あと、言葉は、その人の置かれている状況で、薬にも毒にもなることにも注意しなくてはなりません。「沈黙は金なり」という言葉がいい時もあれば、「沈黙は悪への加担」という言葉が必要な時もあるでしょう。また、「見る前に飛べ」という言葉が活路を開く時もあれば、「石橋を叩いて渡る」という言葉で命拾いすることも?
■ 馬込文学マラソン: ■ 参考文献: ※当ページの最終修正年月日 |