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悪女って?(明治9年9月9日、高橋お伝、逮捕される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高橋お伝 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:不明


明治9年8月27日(1876年。 高橋お伝(26歳)が、浅草の商人宿で売春中、古着商・後藤吉蔵の喉をカミソリで掻き切って殺害しました。枕探し(寝ている人から金品を盗むこと)をしているところを見つかったからのようです。

2日後の8月29日に逮捕され、斬首刑の判決がおり、およそ2年5ヵ月後の明治12年1月30日、市ヶ谷監獄で処刑されました。

お伝の最後を目撃した高田 あきら (「西南の役」で西郷隆盛側に連座し、5年の禁固刑の最中だった。後に熊本県代議士)は、お伝が「色がすきとおるほど白く、面長の、いわゆる凄みをおびた美人」だったと証言しています。

お伝の首を斬った山田浅右衛門(朝右衛門。代々の首斬人)は、お伝の大胆さは、今まで斬首した女性の中でダントツだったと証言しています。刑執行日、お伝の前にも首を斬られる安川巳之助という男がいて、安川がガタガタ震えていると、お伝は、それを笑って「お前さんも臆病だね、男の癖にサ、わたしを御覧よ、女じゃアないか」と励ました(?)そうです。

お伝は、上州の下牧村しももくむら (現・群馬県利根郡みなかみ町 Map→)で生まれました。浪之助と結婚しますが、浪之助がハンセン病になってしまいます。2人は故郷を後にして、横浜で無料診察をしていたヘボンの治療を受けましたが(推測)、その甲斐もなく浪之助は死去。その間、お伝は売春することを覚えたようです。

処刑される頃にはお伝には別の恋人がおり、死の間際まで、その恋人の名を呼び続けたそうで、その情の深さ。

仮名垣魯文 河竹黙阿弥
仮名垣魯文
河竹黙阿弥

猟奇的な事件なのに、色恋あり、人情あり、悲劇性もありで、当の主人公が「凄みのある美人」で、それがまた姉御肌とくれば、作家連が放ってはおきません。お伝をモデルにした文芸作品が続々と登場します。

お伝の処刑翌日(明治12年2月1日)から錦絵新聞「東京絵入新聞」が『毒婦お伝のはなし』を連載、「 仮名読 かなよみ 新聞」も処刑翌日から、1ヶ月にわたって『毒婦お伝のはなし』を連載しました。後者は無署名ですが 仮名垣魯文 かながき・ろぶん (50歳)が書いたようです(魯文は同年 『 高橋阿伝夜刃譚 たかはしおでんやしゃものがたり 』も書いた)。ここらあたりが、日本における新聞小説の走りのようです。心ならずもお伝は、日本の新聞小説、文学に貢献したことになります。

処刑4ヶ月後の明治12年5月には 河竹黙阿弥 かわたけ・もくあみ (60歳)も、 『 綴合於伝仮名書 とじあわせおでんの かなぶみ 』を書き 新富座 しんとみざ (歌舞伎座とともに明治の歌舞伎黄金時代を築いた劇場。「中央都税事務所」(東京都中央区新富二丁目6-1 Map→)あたりにあった)で上演されました。それらによって、お伝はすっかり「毒婦」(悪女)の代名詞になってしまいます。

邦枝完二

時をへて、趣向を変えて、お伝の「貞節」「義侠」を強調した作品も生まれます。

邦枝完二が昭和9年(邦枝41歳)より「読売新聞」に連載した『お伝地獄』Amazon→では、病気の夫を救うために東京に出てくる「渋ッ皮の剥けた色ッぽい」お伝が、彼女の行動を邪魔するいやらしい男どもを小気味よくやっつけていきます。

邦枝の『お伝地獄』の挿絵を小村雪岱(こむら・せったい) が描いている ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:「昭和文学作家史」(毎日新聞社) 原典:「読売新聞」 邦枝の『お伝地獄』の挿絵を小村雪岱(こむら・せったい) が描いている ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:「昭和文学作家史」(毎日新聞社) 原典:「読売新聞」
邦枝の『お伝地獄』の挿絵を小村雪岱こむら・せったい が描いている ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:「昭和文学作家史」(毎日新聞社) 原典:「読売新聞」

実在の人物に、作家が勝手に尾ひれをつけて“料理”していいものなのか? 大いに疑問です。良く描けばいいというものでもありません(良く書くことが許されれば、悪く書くことも許されそう)。現在も大きな問題になっている「歴史改ざん」にも連なる問題です。

歴史上の人物で「悪女」と言われてきた人は、マリー・アントワネット、ボニー・バーカー、クサンティッペ(ソクラテスの妻)、北条政子、マタ・ハリ、楊貴妃、日野富子、サロメ、則天武后、西太后、クレオパトラ、阿部 定、鈴ヶ森で処刑された八百屋お七・白子屋お熊など、たくさんいますが、実際はどうだったでしょう。彼女らも勝手に尾ひれがつけられ、“料理”され、歪んだ形で世に伝わっているのではないでしょうか?

「男を魅了し、堕落させるような小悪魔的な女性」 (「日本国語大辞典(精選版)」 (小学館))といった意味での「悪女」なら、それこそ、そこら中にいるでしょうか。たいていの場合、「魅了されて、堕落する」男や、過度に嫉妬する男の方が悪いのでしょうが(「嫉妬」の文字の両方とも女編なのに、男の方が嫉妬深いとは、これいかに)、なぜが、そういった女性をまとめて「悪女」にするのが男社会(または男社会に組み込まれた女性)の通念のようです。

徳田秋声の弟子筋からさんざん悪く書かれた山田順子尾﨑士郎の取り巻きから「おかしい」と言われた宇野千代出奔した萩原朔太郎の妻(上田稲子。朔太郎から悪く書かれた)北原白秋の元を飛び出した江口章子らは、みんな、その手の「悪女」(悪い女などではない)でしょう。

大橋義輝『毒婦伝説 ~高橋お伝とエリート軍医たち~』(共栄書房) 『阿部定手記 (中公文庫) 』。編:前坂俊之
大橋義輝『毒婦伝説 ~高橋お伝とエリート軍医たち~』(共栄書房) 『阿部定手記 (中公文庫) 』。編:前坂俊之
矢代静一 『毒婦の父 ~高橋お伝~』(河出書房新社) 「悪女」。美貌と知略で上流社会へのし上がっていくベッキー。愛と争いの中から生まれる「悪意」とは?
矢代静一 『毒婦の父 ~高橋お伝~』(河出書房新社) 「悪女」。美貌と知略で上流社会へのし上がっていくベッキー。愛と争いの中から生まれる「悪意」とは?

■ 馬込文学マラソン:
尾﨑士郎の『空想部落』を読む→
宇野千代の『色ざんげ』を読む→
萩原朔太郎の『月に吠える』を読む→
北原白秋の『桐の花』を読む→

■ 参考文献:
●『人間臨終図巻(下)(角川文庫)』(山田風太郎 平成26年初版発行 平成30年発行再版)P.68-70 ●『史料 維新の逸話 〜太政官時代〜』(横瀬夜雨 人物往来社 昭和43年発行)P.395-397 ●『明治百話(上)』(篠田鉱造 岩波書店 平成8年発行)P.13-17、P.34-35 ●『大田文学地図』(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年発行)P.90 ●『お伝地獄』(邦枝完二 北光書房 昭和21年発行)P.5-49 ●『私の古本大学』(松本克平 青英舍 昭和56年初版発行 昭和57年発行2刷)P.280-297 ●『昭和文学作家史(別冊 1億人の昭和史)』(毎日新聞社 昭和52年発行)P.17 ●「高橋お伝の弁護をしよう。」(ChinchikoPapa)落合学(落合道人)→ ●「高橋お伝」(関井光男)※「朝日日本歴史人物事典 」(朝日新聞出版)に収録コトバンク→ ●「高橋お傳の裁判記録」「高橋お傳の真実」(高橋完治)甦れ、高橋お伝→

※当ページの最終修正年月日
2023.8.28

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