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田中絹代は、大正13年(14歳)、松竹加茂撮影所に入所し、翌年、松竹蒲田撮影所に来て看板女優になりました。昭和初年には監督・
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高峰秀子は、昭和4年(5歳)、松竹蒲田撮影所で撮られた映画「母」でデビュー、デコちゃんの愛称で親しまれ国民的アイドルになります。昭和12年(13歳)、東宝に移籍するまでの7年間、当地(東京都大田区の蒲田と大森)に養母と住んでいました。当時のことをエッセイでたくさん書き残しています。「流れる」では、山田五十鈴が演じる置屋の
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栗島すみ子は特に当地(東京都大田区)とゆかりが深いです。 大正10年(18歳)松竹蒲田撮影所に入り、松竹の商業映画第1作「
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岡田茉莉子 |
岡田茉莉子も当地とゆかりがあります。幼い頃、当地(東京都大田区北千束 map→)に住んでおり、父親は松竹蒲田撮影所でも3年ほど活躍した代表的な二枚目スターの岡田時彦(30歳で早世)です。
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山田五十鈴 |
「流れる」の主人公は、なんといっても山田五十鈴が演じる置屋の女将でしょう。置屋を女手一つで、悩みながらも、誇り高く切り盛りしていきます。山田は、新派の俳優だった父の影響で幼時より芸事に勤しみ、13歳で日活に入社。後に第一映画社に転じて、溝口健二監督の「
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杉村春子 |
「流れる」で年増の芸者の悲しみと意地を見事に演じたのが杉村春子。杉村は昭和2年築地小劇場に入り、築地座をへて、昭和12年の文学座の創立に参加。その後頭角を現し、座長として、また一人の演劇人として、演劇界・映画界・テレビ界に多大な影響を与えていきました。当地にゆかりある三島由紀夫が昭和27年(27歳)から文学座と関わり、杉村を主演とする脚本も数本書いています(その後、三島作品『喜びの琴』が杉村らの意向で上演保留になったのを期に、両者の関係は解消されましたが)。「日本映画屈指のバイプレイヤー」と讃えられました。実は、山田が文化勲章を受賞する5年前(平成7年)、杉村にも文化勲章の話がありましたが、杉村はそれを辞退しています。
このように、映画「流れる」には名女優がずらりと居並びました。
「流れる」に匹敵する「名女優がずらり」の映画は他にあるでしょうか?
谷崎潤一郎の『
4姉妹といえば、近年では是枝裕和監督の「海街diary」がありました(綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが出演)。
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| 「流れる」。これをしのぐ「名女優がずらり」の映画はあるだろうか? | 「細雪」。昭和25年公開の『細雪』の映画化第一作 |
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| 「かもめ食堂」。監督:荻野直子、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこが出演。個性派名女優の揃い踏み | 早田雄二『昭和が恋した女優たち (別冊太陽)』(平凡社)。昭和のトップ女優116人。田中絹代、原 節子、高峰秀子、山田五十鈴あたりから |
■ 参考文献:
●『幸田 文(新潮日本文学アルバム)』(平成7年発行)P.34-37、P.58-63 ●『人物・松竹映画史 蒲田の時代』(升本喜年 平凡社 昭和62年発行)P.62-65、P.118-121 ●『女優事始め 〜栗島すみ子 岡田嘉子 夏川静枝』(編集:林 靖治 平凡社 昭和61年発行)P.12-13、P.58-61、P.130 ●『大田文学地図』(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年発行)P.124 ●『がんばってます ~人生はフルムーン~(自伝)』(上原 謙 共同通信社 昭和59年発行)P.121-134 ●「水木流」※「ブリタニカ国際大百科事典」の1項目(コトバンク→) ●「日本映画データベース/栗島すみ子」(Site→) ●「山田五十鈴」(長崎 一)※『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)に収録(コトバンク→) ●「杉村春子」※『新撰 芸能人物事典 明治~平成』(日外アソシエーツ)(コトバンク→)
※当ページの最終修正年月日
2023.11.20