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名女優、揃い踏み(昭和31年11月20日、映画「流れる」公開される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和31年11月20日(1956年。 成瀬巳喜男なるせ・みきお (51歳)監督の映画「流れる」が公開されました。

田中絹代(46歳)、山田五十鈴いすず(39歳)、高峰秀子(32歳)といったトップスターに、杉村春子(50歳)、栗島すみ子(54歳)といった演技派、岡田茉莉子まりこ (23歳)といった新人スターも揃え、「女優オールスター」の感あり、の映画です。経営にかげ りの出てきた芸者の置屋の日常をさりげないセリフで情緒豊かに描いたもので、成瀬映画の中でも評価の高い一作です。原作は幸田 文の『流れる』Amazon→。昭和26年、幸田(47歳)は、女中として、東京柳橋の芸者の置屋の住み込みます。『流れる』はその時の経験をもとに執筆されました。

監督の成瀬はじめ、出演した田中高峰栗島は、当地(東京都大田区)にあった松竹蒲田撮影所からキャリアを積み上げました。原作者の幸田も当地(東京都大田区)に住んだ時期があります。当地を理解する上でも見ておきたい一作です。

田中絹代

田中絹代は、大正13年(14歳)、松竹加茂撮影所に入所し、翌年、松竹蒲田撮影所に来て看板女優になりました。昭和初年には監督・ 牛原虚彦 うしはら・きよひこ 、男優の鈴木 伝明 でんめい と組んでヒット作を連発、「蒲田のドル箱トリオ」と呼ばれます。昭和6年に公開された日本初の本格的トーキー映画「マダムと女房」でも主演。戦後は汚れ役も演じ、アイドルを脱し、本格女優の道を歩み始めました。一時スランプになりますが、昭和27年、溝口健二監督の「西鶴一代女」で街娼にまで身を落とす老いた女を演じきって、観衆は驚愕。この作品はヴェネツィア国際映画祭で国際賞を受賞、ゴダール(後にヌーヴェルヴァーグの騎手となる)らに大きな影響を与えました。「流れる」はそのさらに4年後の作品です。田中は置屋の女中の役です。世知辛い花柳界の中にあって、“素人”の彼女がほんわかした空気を かも しています。原作の『流れる』も映画もこの女中の視点で描かれています。

高峰秀子

高峰秀子は、昭和4年(5歳)、松竹蒲田撮影所で撮られた映画「母」でデビュー、デコちゃんの愛称で親しまれ国民的アイドルになります。昭和12年(13歳)、東宝に移籍するまでの7年間、当地(東京都大田区の蒲田と大森)に養母と住んでいました。当時のことをエッセイでたくさん書き残しています。「流れる」では、山田五十鈴が演じる置屋の女将おかみの娘の役で、芸者の世界になじめない“現代っ子”を好演。公開時32歳です。

栗島すみ子

栗島すみ子は特に当地(東京都大田区とゆかりが深いです。 大正10年(18歳)松竹蒲田撮影所に入り、松竹の商業映画第1作「虞美人草ぐびじんそう 」(夏目漱石の『虞美人草』とは別物)に主演して一挙にスター女優になります。124本の映画に出演し、松竹の撮影所が当地から神奈川県大船へ移転した昭和11年(栗島34歳)を境に引退しました。引退後20年近くたっていましたが(栗島54歳)、成瀬監督のたっての願いで特別に出演。「ミキちゃん(成瀬のこと)を信用して来てんだから」といって、セリフを一切覚えずに現場入りして周囲を驚かせたといいます。栗島にとっては19年ぶりの映画でしたが、上手いのなんのって。踊りの稽古をつける場面がありますが、栗島は日本舞踊水木流の一分派の家元ですから(淡路千景(水木紅景)、池内淳子(水木紅澄)など多くの弟子がいた)、あれは演技ではなく“まんま”ですね。昭和13年の地図に、大森駅近くの一階に「てんや」が入っているビル( 「大森ビルディング」(東京都大田区山王二丁目3-8 map→)あたりに「キッサ」と書かれています。そこはおそらく栗島が経営していた喫茶店「 くれない 」(栗島の日本 舞踊 ぶよう での名は「水木歌紅」。その“紅”だろう)だったのでしょう。そのビルの2階が「 すみ 」という美容室(栗島すみ子の“すみ”だろう)、3階が「栗島舞踊研究所」だったのでしょう。

岡田茉莉子
岡田茉莉子

岡田茉莉子も当地とゆかりがあります。幼い頃、当地(東京都大田区北千束 map→)に住んでおり、父親は松竹蒲田撮影所でも3年ほど活躍した代表的な二枚目スターの岡田時彦(30歳で早世)です。

山田五十鈴
山田五十鈴

「流れる」の主人公は、なんといっても山田五十鈴が演じる置屋の女将でしょう。置屋を女手一つで、悩みながらも、誇り高く切り盛りしていきます。山田は、新派の俳優だった父の影響で幼時より芸事に勤しみ、13歳で日活に入社。後に第一映画社に転じて、溝口健二監督の「浪速悲歌なにわ・エレジー」「祇園の姉妹」に出て、演技派女優の地位を不動にしました。戦後はフリーで活躍。令和12年、女優では初めての文化勲章を受賞しています。

岡田茉莉子
杉村春子

「流れる」で年増の芸者の悲しみと意地を見事に演じたのが杉村春子。杉村は昭和2年築地小劇場に入り、築地座をへて、昭和12年の文学座の創立に参加。その後頭角を現し、座長として、また一人の演劇人として、演劇界・映画界・テレビ界に多大な影響を与えていきました。当地にゆかりある三島由紀夫が昭和27年(27歳)から文学座と関わり、杉村を主演とする脚本も数本書いています(その後、三島作品『喜びの琴』が杉村らの意向で上演保留になったのを期に、両者の関係は解消されましたが)。「日本映画屈指のバイプレイヤー」と讃えられました。実は、山田が文化勲章を受賞する5年前(平成7年)、杉村にも文化勲章の話がありましたが、杉村はそれを辞退しています。

このように、映画「流れる」には名女優がずらりと居並びました。

「流れる」に匹敵する「名女優がずらり」の映画は他にあるでしょうか?

谷崎潤一郎の『細雪ささめゆきAmazon→は3度映画になりましたが、どの映画でも、出てくる4姉妹役にトップ女優を投入、話題になりました。昭和25年版では高峰秀子山根寿子やまね・ひさこ轟 夕起子とどろき・ゆきこ花井蘭子はない・らんこ 、昭和34年版では、轟 夕起子、京 マチ子、山本富士子、 かのう 順子、昭和58年版では吉永小百合、佐久間良子、岸 恵子、古手川祐子が出演!

4姉妹といえば、近年では是枝裕和監督の「海街diary」がありました(綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが出演)。

「流れる」。これをしのぐ「名女優がずらり」の映画はあるだろうか? 「細雪」。昭和25年公開の『細雪』の映画化第一作*
「流れる」。これをしのぐ「名女優がずらり」の映画はあるだろうか? 「細雪」。昭和25年公開の『細雪』の映画化第一作
「かもめ食堂」。監督:荻野直子、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこが出演。個性派名女優の揃い踏み 早田雄二『昭和が恋した女優たち (別冊太陽)』(平凡社)。昭和のトップ女優116人。田中絹代、原 節子、高峰秀子、山田五十鈴あたりから
「かもめ食堂」。監督:荻野直子、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこが出演。個性派名女優の揃い踏み 早田雄二『昭和が恋した女優たち (別冊太陽)』(平凡社)。昭和のトップ女優116人。田中絹代、原 節子、高峰秀子、山田五十鈴あたりから

■ 参考文献:
●『幸田 文(新潮日本文学アルバム)』(平成7年発行)P.34-37、P.58-63 ●『人物・松竹映画史 蒲田の時代』(升本喜年 平凡社 昭和62年発行)P.62-65、P.118-121 ●『女優事始め 〜栗島すみ子 岡田嘉子 夏川静枝』(編集:林 靖治 平凡社 昭和61年発行)P.12-13、P.58-61、P.130 ●『大田文学地図』(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年発行)P.124 ●『がんばってます ~人生はフルムーン~(自伝)』(上原 謙 共同通信社 昭和59年発行)P.121-134 ●「水木流」※「ブリタニカ国際大百科事典」の1項目コトバンク→ ●「日本映画データベース/栗島すみ子」Site→ ●「山田五十鈴」(長崎 一)※『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)に収録コトバンク→ ●「杉村春子」※『新撰 芸能人物事典 明治~平成』(日外アソシエーツ)コトバンク→

※当ページの最終修正年月日
2023.11.20

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