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※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/広島市への原子爆弾投下(平成25年7月5日更新版)→
昭和20年8月6日(1945年。 午前8時15分、米国が世界で初めて原爆を使用しました。核爆発実験に初めて成功した21日後のこと。
広島の実家(爆心地に近かった)に戻っていた原 民喜(39歳)も被爆。 たまたまトイレにいたため一命を取りとめますが、その後、 “地獄” をつぶさに見ることとなります。 ・・・水に添ふ石の通路を進んで行くに 広島はこのような人たちであふれました。人口35万人(推定)のうちの9万~16万6千人が4ヶ月以内に死去したとのことです。行方不明者、重い障害を負った人を含めるとどれだけになったでしょう・・・。 ------------------------------------------------------
丸山定夫(44歳)率いる移動演劇 「桜隊」のメンバー9人も広島に滞在中、被爆。うち5名は即死し、その他の4名も8月中に落命します。
メンバーの園井恵子は映画 『無法松の一生』(坂東妻三郎版。昭和18年。Amazon→)にも出演した人気女優です。持参品を皆で食べようとお盆を手にして廊下を歩いているときに被爆。爆風で庭に放り出され、倒れてきた壁の下敷きになりました。壁から抜け出し近くに倒れていた高山象三(21歳)と逃げ、一時は生還を喜び合いましたが、じきに、高熱、皮下出血、下血、髪が抜けるといった放射線障害が現れ、15日後の8月21日(32歳)に息を引き取ります。17日に母親に出した再起を誓う手紙が絶筆になりました。
園井と一緒に逃げた高山象三(21歳)は当地(東京都大田区)と関わりの深い俳優の薄田研二の長男です。園井より衰弱が激しく、園井からの看病を受けていましたが、彼女よりも1日早く8月20日に他界。
仲 みどり(36歳)はムシロだけを身にまとって命からがら東京に戻り、東大病院で治療を受け、世界で初めて原爆症と認定されました。 肉腫の悪化、脱毛、高熱、胸痛の末、8月24日に死去。白血球は健常者の1/20にまでなっていたそうです。近年(平成25年)彼女のカルテが見つかり、話題になりました。 ------------------------------------------------------
昭和22年頃、西東三鬼(47歳)が、広島の俳句を連発しています。タイトルは「有名なる街」。その中の一つが、 広島や物を食ふ時口開く 「物を食ふ時」とわざわざいうことで、その時にしか口を開かない状況が浮かんできます。どんなに悲しくても辛くても痛くても人は食べなくてはなりません。切ないこと。 ------------------------------------------------------ 米国は、広島のわずか3日後の8月9日、人類史上2発目の原子爆弾を長崎に投下、長崎市の人口推定24万人のうち14万人以上を殺戮しました。 佐多稲子の生まれは長崎。佐多は原爆で被爆した一人画家をモデルに『樹影(Amazon→)』という小説を書きました。画家の絵は色を失っていきます。 ------------------------------------------------------ 今も歌い継がれる「原爆を許すまじ」は、当地(東京都大田区)の「南部文化集団」(「下丸子文化集団」の後身)の
------------------------------------------------------ 東大の ------------------------------------------------------ 米国の言い分は「戦争を終結させるために必要な措置」というもので、投下を決断したトルーマン大統領は原爆の投下で「まったく心が痛まなかった」とか・・・、それが「戦争」。
■ 馬込文学マラソン: ■ 参考文献: ■ 参考サイト: ※当ページの最終修正年月日 |