{column0}


(C) Designroom RUNE
総計- 本日- 昨日-

{column0}

この世の地獄(昭和20年8月6日、米軍、広島に原爆を投下する)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/広島市への原子爆弾投下(平成25年7月5日更新版)→

 

昭和20年8月6日(1945年。 午前8時15分、米国が世界で初めて原爆を使用しました。核爆発実験に初めて成功した21日後のこと。

原 民喜

広島の実家(爆心地に近かった)に戻っていた原 民喜(39歳)も被爆。 たまたまトイレにいたため一命を取りとめますが、その後、 “地獄” をつぶさに見ることとなります。

・・・水に添ふ石の通路を進んで行くにしたがつて、私はここではじめて、言語に絶する人人の群を見たのである。 すでに傾いた陽ざしは、あたりの光景を青ざめさせてゐたが、岸の上にも岸の下にも、そのやうな人人がゐて、水に影を落してゐた。 どのやうな人人であるか・・・・・。 男であるのか、女であるのか、ほとんど区別がつかない程、顔がくちやくちやにれ上つて、随つて眼は糸のやうに細まり、唇は思ひきりただ れ、それに、痛痛しい肢体を露出させ、虫の息で彼等は横たはつてゐるのであつた。 私達がその前を通つて行くに随つてその奇怪な人人は細い優しい声で呼びかけた。 「水を少し飲ませて下さい」 とか、 「助けて下さい」 とか、殆どみんながみんな訴へごとを持つてゐるのだつた。
 「をぢさん」と鋭い哀切な声で私は呼びとめられてゐた。 見ればすぐそこの川の中には、裸体の少年がすつぽり頭まで水に ひた つて死んでゐたが、その屍体と半間も隔たらない石段のところに、二人の女がうずくまつてゐた。 その顔は約一倍半も膨張し、醜くゆがみ、焦げた乱髪が女であるしるしを残してゐた。 これは一目見て、憐愍れんびんよりもまづ、身の毛のよだつ姿であつた。 が、その女達は、私が立留たちどまつたのを見ると、 「あの樹のところにある蒲団ふとん は私のですからここへ持つて来て下さいませんか」と哀願するのであつた。
 見ると、樹のところには、なるほど蒲団らしいものはあつた。 だが、その上にはやはり瀕死の重傷者が臥してゐて、既にどうにもならないのであつた。・・・(原 民喜 『夏の花』 より)

広島はこのような人たちであふれました。人口35万人(推定)のうちの9万~16万6千人が4ヶ月以内に死去したとのことです。行方不明者、重い障害を負った人を含めるとどれだけになったでしょう・・・。

------------------------------------------------------

丸山定夫

丸山定夫(44歳)率いる移動演劇 「桜隊」のメンバー9人も広島に滞在中、被爆。うち5名は即死し、その他の4名も8月中に落命します。

園井恵子
園井恵子

メンバーの園井恵子は映画 『無法松の一生』(坂東妻三郎版。昭和18年。Amazon→)にも出演した人気女優です。持参品を皆で食べようとお盆を手にして廊下を歩いているときに被爆。爆風で庭に放り出され、倒れてきた壁の下敷きになりました。壁から抜け出し近くに倒れていた高山象三(21歳)と逃げ、一時は生還を喜び合いましたが、じきに、高熱、皮下出血、下血、髪が抜けるといった放射線障害が現れ、15日後の8月21日(32歳)に息を引き取ります。17日に母親に出した再起を誓う手紙が絶筆になりました。

高山象三
高山象三

園井と一緒に逃げた高山象三(21歳)は当地(東京都大田区)と関わりの深い俳優の薄田研二の長男です。園井より衰弱が激しく、園井からの看病を受けていましたが、彼女よりも1日早く8月20日に他界。

仲みどり
仲 みどり

仲 みどり(36歳)はムシロだけを身にまとって命からがら東京に戻り、東大病院で治療を受け、世界で初めて原爆症と認定されました。 肉腫の悪化、脱毛、高熱、胸痛の末、8月24日に死去。白血球は健常者の1/20にまでなっていたそうです。近年(平成25年)彼女のカルテが見つかり、話題になりました。

------------------------------------------------------

西東三鬼

昭和22年頃、西東三鬼(47歳)が、広島の俳句を連発しています。タイトルは「有名なる街」。その中の一つが、

広島や物を食ふ時口開く

「物を食ふ時」とわざわざいうことで、その時にしか口を開かない状況が浮かんできます。どんなに悲しくても辛くても痛くても人は食べなくてはなりません。切ないこと。

------------------------------------------------------

米国は、広島のわずか3日後の8月9日、人類史上2発目の原子爆弾を長崎に投下、長崎市の人口推定24万人のうち14万人以上を殺戮しました。

佐多稲子の生まれは長崎。佐多は原爆で被爆した一人画家をモデルに『樹影Amazon→』という小説を書きました。画家の絵は色を失っていきます。

------------------------------------------------------

今も歌い継がれる「原爆を許すまじ」は、当地(東京都大田区)の「南部文化集団」(「下丸子文化集団」の後身)の 浅田石二 あさだ・いしじ 氏(当時22歳)が作詞したもの。

------------------------------------------------------

東大の安冨 歩やすとみ・あゆみ 教授は、埼玉県東松山市の丸木美術館にある「原爆の図」を「現代社会の自画像」といいます(平成30年7月7日ツイート→)。作品がいつもそこにあるというのが美術館の基本でしょう。何度も会いに行けるから。好き嫌いに関係なく、この絵とは向き合わなくてはならない。お父さんお母さん方は、お子さんが小さいうちにこの絵を教えておくといいと思います。ショックを受けるでしょうから、見せる時期は選んだ方がいいかもしれません。(Webサイト→)*

------------------------------------------------------

米国の言い分は「戦争を終結させるために必要な措置」というもので、投下を決断したトルーマン大統領は原爆の投下で「まったく心が痛まなかった」とか・・・、それが「戦争」。

原民喜 『夏の花・心願の国 (新潮文庫)』 半藤一利、湯川豊 『原爆の落ちた日【決定版】 (PHP文庫)』
原 民喜 『夏の花・心願の国 (新潮文庫)』 半藤一利、湯川 豊 『原爆の落ちた日【決定版】 (PHP文庫)』
『さくら隊散る [DVD]』。監督:新藤兼人 ※原作:江津萩枝『桜隊全滅 ~ある劇団の原爆受難記~』→ 「 ひろしま(独立プロ名画特選)DVD」
『さくら隊散る [DVD]』。監督:新藤兼人 ※原作:江津萩枝『桜隊全滅 ~ある劇団の原爆受難記~』→ 「 ひろしま(独立プロ名画特選)DVD」

■ 馬込文学マラソン:
佐多稲子の『水』を読む→

■ 参考文献:
●『夏の花』 (原 民喜 晶文社 昭和45年初版発行 昭和58年11刷参照) P.75-76 ●『大田文学地図』(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年発行) P.72-75  ●「わがまちあれこれ(第一号)」(城戸 昇編 あれこれ社 平成6年発行)P.35 ●『桜隊全滅 ~ある劇団の原爆殉難記~』(江津萩枝 未来社 昭和55年初版発行 平成9年4刷参照) P.75-92  ●「~原爆症 幻のカルテ~」(「朝日新聞」 平成25年8月4日朝刊) ●『凛として立つ(佐多稲子文学アルバム)』(菁柿堂 平成25年発行) P.116-122

■ 参考サイト:
●ウィキペディア/・広島市への原子爆弾投下(平成25年7月5日更新版)→  ・ 丸山定夫(平成24年5月23日更新版)→ ・園井恵子(平成30年5月27日更新版)→  ・ 仲 みどり(平成29年10月9日更新版)→ ・ハリー・S・トルーマン(平成27年5月9日更新版)→ ●横浜西口 フルフル日記/丸山定夫、移動演劇 「さくら隊」 その1→ ● 桜隊原爆忌の会→ ●長崎Webマガジン/発見!長崎の歩き方/作家 佐多稲子が見つめた長崎→

※当ページの最終修正年月日
2019.8.6

この頁の頭に戻る