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災害を巡って(昭和57年2月8日、ホテルニュージャパンで火災)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和57年2月8日(1982年。 深夜3時24分、「ホテルニュージャパン」(現在「プルデンシャルタワー」(東京都千代田区永田町二丁目13-10 Map→)が建っているあたりにあった)で火災が発生。 9階から出た火は9時間燃え続け、33名の死亡者と34名の負傷者を出す大惨事になりました。小池真理子さんの小説『欲望』に、この火災が出てきます。

主人公の類子るいこ は、以前、同級生の 正巳まさみ とこのホテルの一室で一夜をともにしたことがありました。その頃彼はすでに“不能”に苦しんでいましたが、類子は“奇跡”が起きるのを信じます。

・・・「試してみて」私は言った。自分が口にした言葉が信じられなかった。・・・(小池真理子『欲望』より)

・・・時は過ぎ、正巳はもうこの世にいません。テレビの中の焼けただれてゆくホテルを、類子は見つめます。

・・・火災現場がテレビで生中継され、煙に巻かれて窓から逃げようとした宿泊客が落下していく、痛ましい映像が流された。
 どこか陰気で雑然としていて、ほこり っぽく、 安手やすで の権威主義、都会の寒々しさを象徴するようなホテルだった。だが、私にはまるで、自分の愛していた家──かつて自分が住み、いとおしい記憶を刻みつけた家が、今まさに焼け落ちようとしているのをテレビで見ているかのように感じられた。・・・(中略)・・・自分たちがそこで交わした会話、言葉にならなかった幾多の想い、万感ばんかん をこめて触れ合った互いの肌のぬくもり、それらすべてもまた、同様に失われてしまったような気がした。
 私は自分がいつか、あのホテルの、正巳と寝た部屋に一人で泊まってみるつもりでいたことを知った。部屋番号は覚えていた。窓から見えた、あまり美しいとは言えない大都会の景色も覚えていた。あの風景をもう一度見たかった。海老茶色の、薄汚れた感じのするベッドカバーをもう一度、見たかった。もうそんなこともできなくなった、と思うと、涙があふれた。・・・ (小池真理子『欲望』より)

この作品を原作とする映画「欲望」(監督:篠原哲雄。出演:板谷由夏ほか)は、定食屋のテレビに流れる「ホテルニュージャパン」の火災のニュースを、類子が見ている場面から始まります。

著者の小池さんが29歳のとき「ホテルニュージャパン」の火災がありました。

宮沢賢治

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』Amazon→にも、歴史的な大災害が埋め込まれています。明治45年4月14日の深夜、北大西洋上で起きた、世界最大の豪華客船「タイタニック号」の沈没事故です。「タイタニック号」は船底が二重になっていて「浮沈船」とされましたが、2,200人以上を乗せた初航海で、氷山に接触して、あえなく沈没。1,513人もの犠牲者が出ました。平成9年公開のジェームズ・キャメロン監督の映画「タイタニック」(レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレットが出演。アカデミー賞の11部門を受賞 Amazon→)でこの事故をご存知の方も多いことでしょう。

・・・そしたらにわかにそこに、つやつやした黒い髪の六つばかりの男の子が赤いジャケツのぼたんもかけずひどくびっくりしたような顔をしてがたがたふるえてはだしで立っていました。隣りには黒い洋服をきちんと着たせいの高い青年が一ぱいに風に吹かれているけやきの木のような姿勢で、男の子の手をしっかりひいて立っていました。
 「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ。」青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛らしい女の子が黒い外套がいとうを着て青年の腕にすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。 ・・・(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より)

「氷山にぶっつかって船が沈みましてね」という青年の言葉で「タイタニック号」事件であること(「タイタニック号」事件をモデルにしたこと)を匂わせています。「タイタニック号」事件でおそらく命を落としたと思われる3人の登場は、『銀河鉄道の夜』の悲しい結末の伏線にもなっています。

賢治が『銀河鉄道の夜』の初校を上げたのは、「タイタニック号」事件の12年後の大正13年です。 「タイタニック号」事件が起きたとき、賢治は15歳でした。

山本周五郎

「火事は江戸の華」などと美化して言われますが、火事が悲惨なのは今も昔も変わりません山本周五郎の『柳橋物語』Amazon→には、元禄16年11月29日(1703年。赤穂浪士の切腹の10ヶ月ほど後)の「元禄の大火」が出てきます。元禄時代に3度あった大火の3度目で、小石川の水戸藩江戸上屋敷(現・「小石川後楽園」(東京都文京区後楽一丁目6-6 Map→))から出火し、隅田川の対岸にも飛び火して現在の両国駅を越えて錦糸町の近くまで焼き、被害は武家屋敷275軒、寺社75ヶ所、町屋2万軒ほどにもなったようです。『柳橋物語』での話、神田川の北側に住むおせんの家にも火が迫った時、 中風ちゅうぶ (脳出血などによる身体不随)の祖父の源六(両親を失ったおせんを育てた人)は、自分が足手まといになると考えておせん一人が逃げるよう言ってききません。そんなとき大工の棟梁の跡取りの幸太が飛び込んできます。おせんのことを想っていましたが、彼女に意中の人があることを知って身を引いた青年です。幸太は源六を負って2人を神田川の向こうまで逃そうとします。

・・・「幸さん」
おせんが、そう呼びかけたとき、畳一枚もありそうな板片が、燃えながら二人のすぐかたわ らへ落ちて来た。
 まるで雪崩なだれ の襲いかかるように、怖ろしい瞬間がやって来た。苦しまぎれに河へはいる者がたくさんあった、 しかしそこはおり あしく満潮で、はいるとすぐ溺れる者が相次いで、石垣にかじりついている者は頭から火の粉を浴び、それを払おうとして深みへさら われた。たぶん頭が錯乱したのだろう、なにやら喚きながら、まっすぐに燃えている火の中へとび込んでゆく者もあった。あたりに置いてある荷物はみなふすふすと煙をあげ、それが 居竦いすく んでいる人々を焦がした。積んである石も、地面も、触っていられないほど熱くなり、水を掛けるとあらゆる物から湯気が立った。そうだ、おせんは初めて気がついた。彼女はいつか幸太の 刺子半纏さしこ・ばんてんを着せられ、頭巾ずきんかぶ っていた。その上から、幸太が河の水を汲みあげては掛けていて れたのだ。・・・(中略)・・・そのあたりいちめん人間の姿がひとりもなく、荷という荷が赤い火を巻きだしているのに気がついた、ついさっきまで ひし めいていた人たちが、かき消したように見えなくなり、 あら ゆる荷物が生き物のように赤い舌を吐いていた。眼のくらむような明るさのなかで、それは悪夢のように怖ろしい景色だった。・・・(山本周五郎『柳橋物語』より)

周五郎が生まれるちょうど200年前の火事ですが、彼の筆がそれをリアルに蘇らせました。

菊地 成孔 なるよし さんの『あたしを溺れさせて。そして溺れ死ぬあたしを見ていて』(新宿が舞台の作品を新宿だけで売る「ヴァイナル文学選書」の一冊)を読んでみました。なんたるSM小説!とドキドキ読み進めると、最後に、突然、経験したことのない揺れがやってきます。おそらく「3.11」・・・

桜庭一樹 さくらば・かずき さんの『私の男』(第138回直木賞受賞作 Amazon→)には、平成5年7月12日の北海道南西沖地震が出てきます。9歳の竹中 花は、この地震の最中、“男”に出会います。衝撃的な作品でした。

小山鉄郎 『大変を生きる ~日本の災害と文学~』(作品社) 畑中章宏『災害と妖怪 〜柳田国男と歩く日本の天変地異〜』(亜紀書房)。妖怪に仮託された災害の記憶
小山鉄郎『大変を生きる ~日本の災害と文学~』(作品社) 畑中章宏『災害と妖怪 〜柳田国男と歩く日本の天変地異〜』(亜紀書房)。妖怪に仮託された災害の記憶
木村朗子『震災後文学論 ~あたらしい日本文学のために~』(青土社)。3.11以後の様々な作家の様々な作品を検討し、「忘れてならないこと」に迫る 「岸辺のアルバム」。脚本:山田太一。出演:八千草 薫、杉浦直樹、国広富之、中田喜子ほか。昭和49年の多摩川を背景にした、家族の崩壊と再生
木村朗子『震災後文学論 ~あたらしい日本文学のために~』(青土社)。3.11以後の様々な作家の様々な作品を検討し、「忘れてならないこと」に迫る 「岸辺のアルバム」。脚本:山田太一。出演:八千草 薫、杉浦直樹、国広富之、中田喜子ほか。昭和49年の多摩川を背景にした、家族の崩壊と再生

■ 馬込文学マラソン:
小池真理子の『欲望』を読む→
山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→

■ 参考文献:
●『欲望(新潮文庫)』(小池真理子 平成12年発行)P.322-335、P.449 ●『大田区史年表』(東京都大田区 監修:新倉善之 昭和54年発行)P.280、P.292

※当ページの最終修正年月日
2024.2.7

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