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椿の花のイメージ(昭和11年10月4日、映画「人妻椿」、公開される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和11年10月4日(1936年。 、松竹映画「人妻椿ひとづまつばき 」が公開されました。

昭和11年は、松竹の撮影所が当地(東京都大田区)より神奈川県大船に移転した年。大船撮影所は1月に開所しましたが、この年も小津安二郎の「一人息子」など10本は蒲田撮影所で撮られており、「人妻椿」は大船撮影所撮影のもっとも初期の一本です(ひょっとしたら一番初めに撮られたもの?)。

小島政二郎

原作は小島政二郎の同名小説で、昭和10年3月(小島41歳)より「主婦 友」に連載されました。当サイト(「馬込文学マラソン」)で取り上げている小島の『眼中の人』は1ヶ月前の2月(昭和10年)に書かれていますが、『人妻椿』は、題名からして大衆受けする要素に富み、かなりタイプが異なります。

小島の『人妻椿』は、志村立美たつみ の挿絵とともに大変な人気となって、「主婦之友」の部数を大きく伸ばし、まだ連載途中だというのに、昭和11年に映画化されたのです(映画「人妻椿」の後編は昭和11年10月29日公開、「主婦之友」での連載終了は翌昭和12年の4月)。

佐分利 信 川崎弘子
佐分利 信
川崎弘子

映画「人妻椿」のストーリーは原作にほぼ忠実です。日本屈指の貿易商・有村喜助の元で支配人をしている矢野 昭(演:佐分利 信さぶり・しん )は、12の時までは孤児院にいたのを有村に救い出されたのでした。有村は有徳の人で、孤児院から5人自らの商社に招き、育てていたのです。その中で昭は、頭脳明晰で、誠実無比、支配人を務めるまでになったのでした。 今では、有村の紹介で妻(演:川崎弘子)をめとり、子どもにも恵まれ、結婚後7年を経ても、まるで新婚の夫婦の家庭のようです。

ところが、有村がゴロツキに大金を強請られ、いざこざの中で有村が護身用のピストルでゴロツキを撃ってしまいます。その場に駆けつけた矢野は、止める有村を押し切って、自らが罪を被り、逃亡。残された妻・嘉子と長男の準一の扶養を買って出た有村も、しばらくして脳溢血で倒れ急逝してしまいます。矢野が罪を被ったことを知るのは嘉子一人となって、嘉子と淳一は周りから攻撃されたちまち窮地に立たされます。有村の息子は策を弄して嘉子に言い寄り、もう一人、嘉子に思いを寄せる草間敏夫(演:上原 謙)も急接近、“人妻”危うし!です。 ・・・苦難の中でも凛と生きる嘉子に、雪の中でも健気に咲く椿の花のイメージが重なってきます。

吉屋信子

吉屋信子が大正5年(19歳)から連載した『花物語』には、花にまつわる52話が入っていますが、その19話目に「 紅椿べにつばき 」というのがあります。

「真赤な燃えるような京染の絹糸でかざった手毬てまり 」を川に流してしまった少女が、それが見つかるようにと観音様にお祈りしています。堂守の老人は少女からお祈りの理由を聞いてそのたわいなさにあき れます。しかし、少女がお祈りするのには理由があるのでした。・・・華やかな場所を去ることになった二人の女性(少女が仕える奥方と、奥方の住む別邸の元の ぬし の忘れ形見の「草刈る少女」)をこの真っ赤な手毬がつな ぐこととなります。川を流れ来る手毬を「草刈る少女」は最初別邸に咲き乱れていた椿の花と見紛うのでした。椿のくっきりとした華やかさと、ぽろっと花の形を保ったまま落ちるイメージがよく生かされています。冬に咲く姿は似ても椿と 山茶花 さざんか は散り方が違います。大川栄策さんの「さざんかの宿」(歌詞:吉岡 治、作曲:市川昭介)にも「人妻( 他人 ひと の妻)」が出てきますが、ずいぶん違いますね(さざんかの咲く宿で密会している? Uta-Net動画+/さざんかの宿→ Amazon→)。

山本周五郎

昭和34年1月から山本周五郎(55歳)が『 五辨ごべんの椿』を雑誌「講談倶楽部」に連載しています。周五郎では珍しい“ 復讐ふくしゅう モノ”です。実母と間男まおとこの間に生まれた娘が、自分を実の子のように可愛がってくれた義父の恨みをはらしていくもので、母と関係があった男たちを色で誘い、 かんざし で殺害していきます。そして、殺害現場には、ひとひらの椿の花弁・・・、椿の花は、義父が愛した花だったのです。椿は合弁なので、おそらくは花びらはむしり取られたのでしょう。真っ赤な花びらには、不吉な血のイメージがあります。

“血”よりも生後の関係性を重視した周五郎ならではのストーリーですが、途中から、許しがたい男どもと言えども殺害するという設定を周五郎自身が嫌悪し、主人公の娘が自死する結末にして、早々に連載を打ち切りました。昭和38年発行の『山本周五郎全集』全13巻(講談社)に収録する作品選定に周五郎も関わりましたが、『五瓣の椿』は入れませんでした。作品自体は大変な人気で、映画にもなり(主演:岩下志麻)、舞台にも乗りました(主演:十朱幸代)。

新美南吉
新美南吉

新美南吉(昭和18年29歳で逝去)の最晩年の作品に『牛をつないだ椿の木』(Amazon→ 青空文庫→)という童話があります。街道を仕事場にする二人が、道のかたわらの椿の木に牛をつなぎ止めて、道から外れた清水の水を飲みに行き、戻ってみると、牛が椿の木の葉っぱを全部食べてしまっていました。二人は地主に叱られます。二人のうちの人力車曳きの海蔵さんは、椿の木のあるあたりに井戸を掘ろうとします、が・・。その場所に、椿が花をつけ、花を落とし、また若葉をつけて、物語に色を添えています。

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人間のドロドロっとした欲望にアプローチするにはやはり“B面文化”でしょうか。その傑作の一つとして語り継がれているのが丸尾末広さんの『少女椿』Amazon(昭和59年版)→。“B面文化によるA面文化の侵食”といった由々しき現象(A面あってのB面なのに)が起きている現今では、かなり取扱注意です。が、興味深い作品であることには変わりないです。内容は椿に直接関係ありませんが(主人公の少女の名も「みどり」)、華やかなのに凛としている椿の風情が生かされています。性的な世界にあっても硬質な可愛さが光る「みどり」なのでした。

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椿は日本古来の植物で、「万葉集」にも椿を織り込んだ歌が9首あるそうで、そのうちの3首は「つらつら」という言葉を伴っています。

巨勢山こせやまのつらつら椿つらつらに  
見つつ偲はな巨勢の春野を(坂門人足さかと・の・ひとたり

三十一文字みそひともじに「巨勢こせ 」(奈良県西部の古地名。現在の御所ごせ 市古瀬map→)付近)と「つらつら」(「つくづく」「よくよく」の意)と「春」(一つは椿のつくり )が2箇所に出てきます。初めの「巨勢山のつらつら椿」は次の「つらつら」を導く序詞じょことば で、一首の意味は「巨瀬の春の野を返す返す思い返している」となりますが、そこに、春らしく椿の葉がつらつらと(つややかに、てかてかと)一面に広がるイメージが重なってきます。

映画「人妻椿(前・後編)」(松竹。昭和11年版)。監督:野村浩将。出演:佐分利 信、川崎弘子、上原 謙、三宅邦子、坂本 武、飯田蝶子、笠 智衆、吉川満子ほか 山本周五郎『五瓣の椿(新潮文庫)』。同作を原作にした映画「五瓣の椿」(松竹)(主演:岩下志麻)もあります Amazon→
映画「人妻椿(前・後編)」(松竹。昭和11年版)。監督:野村浩将。出演:佐分利 信、川崎弘子、上原 謙、三宅邦子、坂本 武、飯田蝶子、笠 智衆、吉川満子ほか 山本周五郎『五瓣の椿(新潮文庫)』。同作を原作にした映画「五瓣の椿」(松竹)(主演:岩下志麻)もあります Amazon→

■ 馬込文学マラソン:
小島政二郎の『眼中の人』を読む→
吉屋信子の『花物語』を読む→
山本周五郎の『樅ノ木は残った』を読む→

■ 参考文献:
●『人物・松竹映画史 蒲田の時代』(升本喜年 平凡社 昭和62年発行)P.289 ●『敵中の人 〜評伝・小島政二郎〜』(山田 幸伯ゆきのり  白水社 平成27年発行)P.689 ●『長田幹彦 吉屋信子 小島政二郎 竹田敏彦 集(大衆文学大系20)』(講談社 昭和47年発行)P.441-681(『人妻椿』 )、P.827-828、P.830(和田芳恵「解説」「解題」) ●『山本周五郎 〜横浜時代〜』(木村久邇典 福武書店 昭和60年発行)P.264-267

■ 参考サイト:
ウィキペディア/人妻椿(令和元年5月25日更新版)→ ●文化庁/日本映画情報システム/人妻椿(前編)→ ●山里のくらし/万葉集の植物/椿→

※当ページの最終修正年月日
2020.10.3

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