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大正11年9月30日(1922年。 大阪で開かれた「日本労働組合総連合」の結成大会で、「アナ」派と「ボル」派が対立、結成に至りませんでした。 「アナ」派(以下、アナ)は、個人の自由を最大限に重視し、権力(国家権力など)を否定するアナキズム(無政府主義)を信奉する人たちで、「ボル」派(以下、ボル)は、ロシア革命を遂行したロシアの社会民主労働党のボルシェビキ(多数派の意。マルキズムの一派)を信奉する人たちです。 アナもボルも、生産手段を社会で共有し、「理不尽な格差や不毛な対立のない社会」を目指す社会主義に基づくものであり、日本ではこれまで、両派はともに歩んできました。12年前の「明治43年の大フレームアップ事件」(俗称「大逆事件」)により、多くの社会主義者が国家権力によって殺され、社会主義の「冬の時代」となりますが、両派はそれこそ肩を擦り寄せ合って、その弾圧と恐怖に耐えてきたのです。「明治43年の大フレームアップ事件」のあった年の年末に看板を掲げた「売文社」にはアナもボルも集い、第1回メーデー(大正9年5月2日。「治安警察法17条撤廃」「失業の防止」「最低賃金制の確立」「8時間労働制」「シベリア即時撤兵」などを訴えた Photo→)にも両派が参集、同年(大正9年)に結成された「日本社会主義同盟」にも両派が集いました。 昭和6年、ボルを代表する山川 均(後に労農派)が当地(東京都大田区)に越してきますが、その家に、アナを代表する大杉 栄が泊まりがけで遊びに来るほどに、両派は仲良くやっていたのです。 それなのになぜ、両派は対立するようになったのでしょう。
大正11年に結成された「労働組合同盟会」では、参集した組合の大小に関わらず、それぞれの組合に同一の権利を与えるというアナ的な原則に則りましたが、そうしたところ、アナの小組合の発言が際立ってきて、それに不満を持った多数派の友愛会が脱退。「労働組合同盟会」はアナに偏った集団になってしまいます。こういった労働組合運動の展開の仕方で、大杉と山川の間でも意見がぶつかるようになったのです(「アナ・ボル論争」)。 アナは個人(または個々の組合)の権利と自律性を最大限に尊重すべしと訴え、ボルは個人(または個々の組合)を指導・統率する力の必要を訴えたのでした。また、アナの直接行動の重視と、ボルの労使協調路線や議会の重視も対立点となりました。そんなことから、両派の歩調が乱れてきたのです。 アナの原理とボルの原理は、どちらが正しいといったものでなく、互いに補完し合うもので、どちらかの原理だけで上手くいくはずがないのに、両者は決別、アナは孤立し大杉は2年後の大正12年に当局の毒牙にかかり、さらに2年して大正14年、ボルを弾圧する「治安維持法」が制定され、ボルも壊滅へと向かいました。人間は基本、哲学や宗教(宗教はたくさんあれど金の必要ない真の宗教・金とは一切無縁の真の宗教者は稀なので注意が必要?)などによって厳しく
権力サイドは、反権力勢力がまとまるのを最も恐れます。しかして、権力サイドから様々な分断工作が仕掛けられます。戦前、共産党に当局が送り込まれたスパイや、戦後の松川事件などもその一例でしょう。 「自らの権力保持への欲望」を抑制し、「権力が仕掛けてくる巧妙な分断工作」を見破ってそれをいかに乗り越えていくか。モットーを共にする者たちがいかに繋がっていくかが重要でしょう。
“神”は、なぜ、人々が分断されてある「悪しき状態」を、よしとされ、黙過しているのでしょう。 キリスト教・ユダヤ教・イスラム教の共通経典「旧約聖書」には、「バベルの塔」の話が出てきます。 人々が天に届くほどの高い塔を作って自らの虚栄心を満たそうとするのを見て、神は怒り、今までは同じ言葉を使っていた人々の言葉を異なったものにして、互いのコミュニケーションを困難にしたという話です。 彼らの虚栄心は、まさに「自身の勢力の保持・拡張」の欲望からのものであり、こういった人間の動物的欲望が人々を分断に導いていることをこの話は示唆しているようです。そのことに人間が自ら気づく日を待って、“神”は沈黙しているのかもしれません。 ロシアとウクライナ、イスラエルとガザといった紛争(分断)が一向に無くなりません。誰が(どの国が)、“バベルの塔”を建てようとしているのでしょう?
■ 参考文献: ※当ページの最終修正年月日 |