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もう一人の名探偵(昭和21年3月25日、探偵小説雑誌「宝石」の創刊)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和21年3月25日(1946年。 推理小説専門誌「宝石」岩谷いわたに 書店から発行されました。戦後、大陸(ソウル)から引き上げた 岩谷 満いわや・みつる が、 岩佐東一郎いわさ・とういちろう(41歳)を通じて、城 昌幸じょう・まさゆき (40歳)と武田武彦に話を持ちかけ、創刊に至りました。戦前の“美しき”時代には「けしからんモノ」がたくさんあって、平和思想も、民主主義もそうですが、探偵小説もそうでした。戦争が終わり、推理小説も息を吹き返します。

「宝石」に深く関わったも岩佐も、北園克衛も、皆「詩人」の肩書きを持ち、「宝石」は最初、「詩と探偵小説」と銘打たれます。“宝石”は「美と秘密と物語性」の象徴でした。彼らは「秘密や謎」はもちろんのこと、「美」をも志向したのです。が編集長になり、雑誌名もが考えました。3人とも当地に住んでおり(は東京都大田区南馬込四丁目、のちに大田区中馬込。岩佐は東京都品川区大井七丁目、のちに品川区西大井三丁目、北園大田区南馬込五丁目)、歩いて行き来できる距離です。「宝石」は当地で生まれたようなものですね。

横溝正史
横溝正史

「宝石」創刊号から、横溝正史の『本陣殺人事件』(「金田一耕助シリーズ」の第1作)の連載が始まりました。話者の「Y」(小説中の著者。岡山に疎開していたなど実際の筆者・横溝を反映しているが同一ではない)が疎開先の岡山で村人から聞いた話を元に書いたという設定になっています。その話に金田一が出てきます。昭和12年で、金田一が24歳の時です(金田一は大正2年生まれという設定)。

そして戦争、金田一も従軍。復員後、金田一は瀬戸内海の孤島「獄門島」での事件を解決します。そして、岡山で療養中のYを訪ね、2人は意気投合しました。『獄門島』Amazon→は、金田一の許可を得てYが書いたという設定です。

「獄門島」事件の解決後、金田一は、東京へ戻る汽車の中で旧友の風間俊六に会い、その後は、当地(東京都大田区大森)に風間が持つ割烹かっぽう旅館「松月しょうげつ」の四畳半の離れに居候します。金田一が当地に住んでいた、そこが重要です!(笑)

続いて起きた「黒猫亭事件」(昭和22年。金田一34歳)は、東京郊外のG町で起きた「顔なし事件」(体型から女性と分かっても、腐乱していてもはやどういった顔か判別できない状態だった)ですが、この作品に、金田一と当地(東京都大田区)との関わりや当地での金田一の様子が書かれています。

・・・「耕ちゃん、いるか」
 と、がらりと障子をひらいたが、すると、しゃれた四畳半のまんなかで、新聞に埋まって坐っているのは、なんと、金田一耕助ではないか。
金田一耕助は風間の顔を見ると、
「き、き、き、君、か、か、か、風間……」
と、たいへんな吃りようで、・・・(横溝正史『黒猫軒事件』より)

風間は、金田一が東北の中学校(宮沢賢治と同じ盛岡中)に通っていた時の同窓で(かつて岩手県に金田一村があった。現・二戸にのへ市。金田一温泉 Map→)、東京に出て来て一緒に神田で下宿していましたが、その後、金田一は米国へゆき、徴兵もされて2人の交流は途絶えていました。金田一は復員後、私立探偵家業を再開します。風間は土建業を営み羽振りがよく、金田一のパトロンとなったのです。

その後、金田一は、昭和32年(44歳)に世田谷の緑ヶ丘の高級アパート「緑ヶ丘荘」に越すまでの10年間、当地の「松月」にいました。なので、横溝の名作『悪魔が来りて笛を吹く』Amazon→、『犬神家の一族』Amazon→、『八つ墓村』Amazon→、『悪魔の手毬唄』Amazon→の事件を解決した時、金田一は東京都大田区に住んでいたことになります。「大森の山手」というので、山王二丁目Map→あたりでしょうか。

横溝は金田一を3人の人物から造形したようですが、いつも和服の城 昌幸も念頭にありました(あとの2人は横溝自身と菊田一夫かずお(「君の名は」の脚本、「イヨマンテの夜」の作詞などで知られる))。

城昌幸

金田一の活躍は戦後(『本陣殺人事件』があったのは戦前ですが、横溝が金田一シリーズを書くのは戦後)からですが、名探偵・明智小五郎は戦前から知られていました。江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』で初めて登場します。初出は大正14年発行の「新青年」。明智は大正末には読者に知られていました。

『D坂の殺人事件』では、D坂(団子坂。東京都文京区)Map→の中程にある喫茶店「白梅軒」に入り浸っている「私」が、同店で「妙な男」と知り合います。この「妙な男」が明智小五郎です。

明智はダンディーなイメージですが、「D坂の殺人事件」での明智は、モジャモジャ頭でそれを引っ掻き回す癖があり、木綿の着物にヨレヨレの帯、まるで金田一耕助でした。年は25歳を超えておらず、痩せ型。歩くとき肩を振る癖がありました。顔は講釈師の5代目神田伯竜(小島政二郎の『一枚看板』NDL→のモデル Photo→)に似ていたとされます。煙草屋の二階の四畳半に下宿し、部屋の四方は本が山をなし、中央のわずかな隙間で寝起きしていました(住環境も最初の頃の金田一に似ている)。

ところが、5年後の昭和5年、当地(東京都大田区)にやってきた頃の明智はもはや別人です。大森の山手に住まう宝石王の一族の皆殺しを企む復讐鬼と対決しますが(『魔術師』Amazon→)、「D坂の殺人事件」から5年しかたっていないのに、すでに40歳近くになっています。相変わらず独身。素人探偵業でお金はありませんが、すでに数々の事件を解決しており、警察からも一目置かれるようになっています。洋装となり、身のこなしもスマートで、女性にもめっぽうモテます(復讐鬼の“娘”が惚れて命を救うほどに)。「講談倶楽部」に掲載されたおり、岩田専太郎が挿絵を描いています。明智がビジュアル化された最初でしょうか。岩田の絵が読者はもちろん著者・乱歩の“明智像”に影響したことでしょう。

団子坂(D坂)の中程あたり。明智小五郎出現の地 岩田専太郎が描いた明智小五郎 ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:『魔術師(創元推理文庫)』
団子坂(D坂)の中程あたり。明智小五郎出現の地 岩田専太郎が描いた明智小五郎 出典:『魔術師(創元推理文庫)』

金田一は一貫してスタイルを保ち、明智は華麗に変身していったのですね。

「本陣殺人事件」。原作:横溝正史。出演:古谷一行、佐藤 慶、淡島千景ほか 多胡吉郎『漱石とホームズのロンドン 〜文豪と名探偵 百年の物語〜』(現代書館)
「本陣殺人事件」。原作:横溝正史。出演:古谷一行、佐藤 慶、淡島千景ほか 横溝正史『真説 金田一耕助 (角川文庫)』
江戸川乱歩『D坂の殺人事件(創元推理文庫)』 中川右介『江戸川乱歩と横溝正史 (集英社文庫)』
江戸川乱歩『D坂の殺人事件(創元推理文庫)』 中川右介ゆうすけ江戸川乱歩と横溝正史(集英社文庫)』

■ 馬込文学マラソン:
城 昌幸の『怪奇製造人』を読む→
『北園克衛詩集』を読む→
小島政二郎の『眼中の人』を読む→

■ 参考文献:
●「宝石(創刊号)」(岩谷書店 昭和21年発行)。目次、P.64(編集後記と奥付) ●「詩学」(安藤一郎)、「城 昌幸」(瀬沼茂樹)、「宝石」(中島河太郎)※『新潮 日本文学小辞典』(昭和43年初版発行 昭和51年発行6刷)に収録 ●『黒猫亭事件』(横溝正史)※「別冊 幻影城」(幻影城 昭和51年発行)P.212-215、P.252-253 ●『馬込文士村ガイドブック(改訂版)』(編・発行:東京都大田区立郷土博物館 平成8年発行)P.44 ●「月光詩人の彷徨」(長山靖生)※『怪奇製造人』(城 昌幸 国書刊行会 平成5年発行)の解説 ●『大田文学地図』(染谷孝哉 蒼海出版 昭和46年発行)P.120、P.206 ●「岩佐東一郎主宰の「交書会」と戸板康二にまつわるあれこれ」(藤田加奈子)戸板康二ノート→ ●「大井庚塚町かのえづか・ちょうという住所から地図を探したい」レファレンス協同データベース→ ●「名探偵辞典 〜日本編〜』(郷原 宏 東京書籍 平成7年発行)P.162 ●『真説 金田一耕助』(横溝正史 柏書房 令和4年発行)P.60-62 ●「明智小五郎」※「日本人名大辞典+Plus(デジタル版)」(講談社)に収録コトバンク→ ●「自註自解」 ※『D坂の殺人事件(創元推理文庫)』(江戸川乱歩 昭和62年初版発行 平成6年発行6版)に収録 ●『魔術師(創元推理文庫)』(江戸川乱歩 平成5年初版発行 平成6年発行4刷)P.12、P.16

※当ページの最終修正年月日
2025.3.20

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