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評論における没論理性を批判する(昭和11年2月29日、中野重治、『閏二月二九日』で小林秀雄と横光利一を批判)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小林秀雄中野重治 ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用しました 出典:『中原中也(新潮日本文学アルバム)』、『芥川龍之介(新潮日本文学アルバム)』

 

昭和11年2月29日(1936年。 中野重治(34歳)が、二・二六事件の3日後に、『閏二月二九日』という文章を書いています。前年(昭和10年)、「文学界」の編集責任者になった小林秀雄(33歳)を徹底的に批判した文章です。

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小林秀雄は、“日本近代批評の創始者・確立者”として今も言及されることが多い評論家です。どういった評論を書くかといえば、一言でいうと、“文学的な評論”。自分が美しいと確信したものを、含みのある言葉を使って、芸術的に表現する。評論といっても理詰めで納得させようというのではなく、感性に訴えて感動させることに重点を置いた文章です※1

実際にどんな文章かというと、

・・・嫌いと言うのは易しいが、好きと言い出すと、まことに混み入った世界に這入るものである・・・(小林秀雄「徳利と杯」より)

・・・解釈を拒絶して動じないものだけが美しい・・・(小林秀雄「無常といふ事」より)

・・・かなしさは疾走する。涙は追いつけない・・・(小林秀雄「モオツァルト」より)

・・・美しい『花』がある、『花』の美しさという様なものはない・・・(小林秀雄「当麻」より)

といったもので、これらに共通するテイストは、“美しいものは論理的な言葉では表せない”ということでしょう。

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中野が 『閏二月二九日』で批判したのは、まさに、この評論における「没論理性(“論理的な言葉では表せない”)」でした。

・・・横光利一や小林秀雄は小説と批評との世界で論理的なものをこき下ろそうと努力している。横光や小林は、たまたま非論理に落ちこんだというのでなく、反論理的なのであり、反論理的であることを仕事の根本として主張している。彼らは身振り入りで聞き慣れぬ言葉をばら撒いている・・・

・・・小林秀雄などは力めてこの混乱をつくり出そうとして努力している。横光利一などはこの混乱を直そうとする傾向を防ごうとして力んでいる・・・・

・・・そして分らない言い廻わしでなしには小林は何一ついえない。・・・

・・・独断と逆説とによる卑俗さをロココ的なものかのように振りまわすこの伊達者たちは、外国の作家、特にフランス作家たちを引き合いに出したがっているが、フランス近代文学の伝統はそういうものの克服の上に立っている。アンシクロペヂストたちや幾何学におけるデカルトはこの伊達者連中に穢されるにはあまりに叡智に充ちている。日本文学は自分が伸びるためには、これらの伊達者のビラビラを草履でとりのけねばなるまい。 (中野重治「閏二月二九日」より)

と辛辣です。その後、小林は反論を試みていますが、ある意味中野の論を認めており、自分の文章は評論ではなく「評論的雑文」なのだと書いています。

中野横光利一も批判していますが、横光も「新しい時代の土俵は、論理の立ち得るような安穏な所には、なくなって来たのである」と没論理(つべこべ言うな)を煽っていたのです。思うに、この昭和11年頃は、尾侮m郎の『空想部落』も表しているように、没論理が時代の空気だったのかもしれません。

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たしかに“美”は、小林がいうように、緻密であり、微妙であり、複合的であり、評するには非論理的な言辞も必要かもしれません。

小林の問題は、むしろ、中野も指摘するよう“美”に対する「独断」があることかもしれません。小林は「信じること」の重要さをいっています。

・・・彼の提出するものは、何んでも、悪魔であれ天使であれ、僕等は信ぜざるを得ぬ。そんな事は御免だと言つても駄目である。(小林秀雄「モオツァルト」より)

モーツァルトは“天才”なのだから、やはり「つべこべ言うな」ということでしょうか? モーツァルトが分からないのは“理解(信仰・感性)が足りない”ということでしょうか?坂口安吾が巧いことを言っています。小林の文章は「教祖の文学」なのだと。

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小林はヒットラーの『我が闘争』(訳:室伏高信)を手放しで賞賛しましたが、この時代にあっても中野は、 ヒットラーをきちんと批判しています。

・・・国民生活という規模で合理主義を「心得」ることの出来なかったわが国民の一部、なまけ者の文学青年と一部の文学者たちとがそれを崇め奉って拝んでいる。こういう反合理主義は、ことの理非曲直を問わぬ、むしろそれを問おうとすることそのことに対する鎮圧としての切りすて御免、問答無用、理性的に理由づけられぬ暴力支配の文学的・文学理論的反映にすぎない。私はイタリアのことは知らないが、何年か前からのドイツ文化の支配的潮流について考えることは適切であると思う。ドイツその他のファシストたちの手で出来た「褐色の本」を恃つまでもなく、ヒットラー政府自身の手になるものについて見て十分明瞭である。・・・ (中野重治「閏二月二九日」より)

※1 : 「・・・一体論文といふものが、論理的に正しいか正しくないかといふ事は、それほどの大事ではない、その議論が人を動かすか動かさないかが、常に遥かに困難な重要な問題なのだ・・・」(小林秀雄「アシルと亀の子」(昭和5年))

小林秀雄 『モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)』 『日本近代文学評論選 昭和篇 (岩波文庫)』。中野重治の「閏二月二九日」所収
小林秀雄 『モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)』 『日本近代文学評論選 昭和篇 (岩波文庫)』。中野重治の「閏二月二九日」所収
『中野重治評論集 (平凡社ライブラリー) 』 『坂口安吾全集〈05〉』。「教祖の文学」所収
中野重治評論集 (平凡社ライブラリー) 』 『坂口安吾全集〈05〉』。「教祖の文学」所収

■ 馬込文学マラソン:
尾侮m郎の『空想部落』を読む→

■ 参考文献:
・ 「閏二月二九日」(中野重治 昭和11年、「新潮」に初出)
 ※『日本近代文学評論選 【昭和篇】(岩波文庫)』
  (平成16年初版発行 平成17年3刷参照)所収

・ 「はじめての 小林秀雄
 (野波健祐 ※平成25年10月28日「朝日新聞」掲載記事)

■ 参考サイト:
ウィキペディア/我が闘争(平成25年4月5日更新版)→
ウィキペディア/日独伊三国同盟(平成27年5月19日更新版)→
ウィキペディア/アドルフ・ヒトラー(平成27年6月14日更新版)→

Twitter/馬込文士ブックカフェ(平成26年10月28日投稿記事)→

※当ページの最終修正年月日
2017.8.5

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