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新聞小説の楽しみ(昭和2年4月11日、川端康成の初の新聞小説『美しい!』の第1回が掲載される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝夕の新聞小説が楽しみ

川端康成

昭和2年4月11日(1927年。 川端康成(27歳)の初の新聞小説『美しい!』(「福岡日日新聞」(現・「西日本新聞」))の第1回が掲載されました。

川端の初の新聞小説は、長らく、同年(昭和2年)8月から「中外商業新報」(現・日本経済新聞)に掲載された『海の火祭』と考えられてましたが、近年(平成25年)、『美しい!』の存在とそれが新聞連載されたことが確認されたとのこと。まだ、全集に収録されていないようですが、障害のある息子の死と、その息子と交流があった少女の死が描かれているようです。その愁嘆場をどうタイトルの「美しい!」に結びつけるのでしょうね?

芥川龍之介

新聞小説といっても『美しい!』は全4回、しかも連日の掲載ではなく、一ヶ月ほどかけて、飛び飛びに掲載されたようです。「読売新聞」のサイトにある同紙で連載された小説の一覧(リンク→)によると、最初の頃は、連載回数3回、4回というのも見受けられ、大正7年2月24日に掲載された芥川龍之介(25歳)の『南瓜かぼちゃ 』などは連載回数1回です(連載とはいえませんが)。いつも冗談を言って人を笑わしている吉原の太鼓持ちが、マジになったとき、それがマジと受け取られないで悲劇に至るといったもので、結構分量があるので、1ページ全部を使って掲載されたのかもしれません。青空文庫/芥川龍之介『南瓜』→

芥川はこの2月の2日(『南瓜』が掲載される22日前)に塚本 文と結婚。まだ、神奈川県横須賀の海軍機関学校で英語を教えていました。「大阪毎日新聞」の専属になるのは翌年(大正8年。27歳)なので、他紙にも書けたのでしょう。芥川は『南瓜』の前にも、大正6年(25歳)、「読売新聞」に『 むじな 』(連載回数は? 青空文庫/芥川龍之介『狢』→)を、「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」(両紙が現在の「毎日新聞」となる)に全15回で『戯作三昧』(青空文庫/芥川龍之介『戯作三昧』→)を連載しており、後者には確かな感触を得たようで、その後、「大阪毎日新聞」に身を託すことになります。

「読売新聞」の新聞連載の歴史に戻ると、連載回数が多くなっていき、昭和5年には大佛次郎が『日蓮』lを全318回、昭和14年には吉川英治が『太閤記』を全477回、昭和57年には司馬遼太郎が『箱根の坂』を全532回で連載しています。他紙になりますが、昭和25年から昭和42年の17年にわたって「北海道新聞」「東京新聞」などに連載された山岡荘八の『徳川家康』は、プルーストの『失われた時を求めて』と並んで世界最長の小説としてギネスブックに記録されているようなので、新聞小説としても最長なのでしょうね。文庫本で26冊。新聞だと何回くらいになったでしょう。切り抜いて全部もっている方いらっしゃるでしょうか? 家康には仕えていた豊臣家を結局は裏切ってそれを滅ぼしたどす黒いイメージもありますが、山岡は戦のない世を追求した男として家康を描いているようです。

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小説の新聞での連載は、1842年頃、フランスの「プレス」という新聞が始めたようです。大デューマ、ユーゴ、バルザックなどが書いています。

日本でも明治初期から、実際にあった事件を扇情的に書いて連載し、それが徐々にフィクションを含んで小説風になっていくという一傾向がありました。明治12年1月31日、高橋お伝が殺人罪で処刑されると翌日(2月1日)から「 仮名読かなよみ新聞」で1ヶ月にわたって『毒婦お伝のはなし』が連載されます。無署名ですが仮名垣魯文かながき・ろぶんが書いたようです。「仮名読新聞」の挿絵は川鍋暁斎かわなべ・きょうさい が担当。当時の新聞小説はこういった報道的な要素が強かったようです。他にも、自由民権思想を啓蒙する政治小説、家庭のモラルを考えさせる家庭小説なども生まれます。

明治19年、坪内逍遥の助言があって「読売新聞」が新聞小説に参入、山田美妙、森 鴎外幸田露伴、泉 鏡花、尾崎紅葉、田山花袋、与謝野晶子正宗白鳥島崎藤村谷崎潤一郎などが執筆し、「文学新聞」と呼ばれるまでになります。尾崎の『金色夜叉』、島崎の『家』も「読売新聞」に連載された新聞小説です。新聞小説は、「続きもの」の面白さで、一時のメロドラマ、ホームドラマ、トレンディードラマのように多く人に愛好されてよく読まれ、新聞社も力を入れたようですね。

黒岩涙香

「萬朝報」に掲載されたユーゴの『レ・ミゼラブル』を元にした『ああ無情』、大デューマの『モンテ・クリスト伯』を元にした『巌窟王』、アリス・マリエル・ウィリアムソンの『灰色の女』を元にした『幽霊塔』など、黒岩涙香が翻案(リライト)した小説も爆発的な人気を博しました。今読んでも面白いです。

夏目漱石

明治40年、夏目漱石が「朝日新聞」の専属作家になったのも新聞小説史上特筆すべきことでしょう。当地(東京都大田区大森)も出てくる『虞美人草』から、神奈川県湯河原の場面で終わる未完の『明暗』までの漱石の全小説は全て「朝日新聞」に連載されたものなのですね(?)。

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私ごとですが、近頃より新聞小説を読んでいます。平成30年10月1日から「東京新聞」(朝刊)で連載が始まった中村文則さんの『逃亡者』(挿絵:宮島亜希さん)と、同紙夕刊で平成31年2月12日から始まった佐川光晴さんの『満天の花』(挿絵:唐仁原教久さん)を読んでいます(上のビジュアルを参照)。今までは誰の何を連載しているかにさへ意識が行きませんでしたが、読み始めると、毎日の新聞を開く一番の楽しみになりますね。切り抜きが溜まっていくのにも満足感があります、生きた時間が視覚化されていくような。お金はたまりませんので、せめて新聞小説の束でも(笑)。家族や知り合いや恋人と読むと、明日はこうなるだろう、いや、こうなる、と日々、会話が弾みます。自分で取っておくのもいいですが、完結したら、表装でもして、誰かにプレゼントするのもいいかもしれません。1ページ1ページに挿絵がある贅沢な小説などそうそうありません。日々切り抜くという手間もかかっているので、心のこもったプレゼントになりますね。アクセサリーより、こういったプレゼントを喜ぶ人なら、文学好きの相手として不足なし!?

新聞小説は、作家も挿絵画家も日々せっせと書き描いているのでしょうから、ついこないだのことが、内容にリアルに反映してきて面白いです。作家の“現在”の問題意識が表れているとみていいでしょう。中村さんの『逃亡者』には、ネトウヨ、ヘイトスピーチ、国会前デモなども出てきます。掲載される頃の陽気が反映されることもあれば、朝刊の小説が夕刊の小説を(またはその逆を)意識していると感じさせられる箇所もあります。

現在、日刊新聞で小説が連載されている国はほとんどないようですし、各戸に新聞を配達してくれる国も極めてまれなようです(ひょっとしたら日本だけ?)。これは紛れもなく「日本スゲー!」ですね(笑)。朝夕読めば、1年間で2人ほど(挿絵画家を含めたら4人ほど)はイキのいい作家に出会えるのですから、新聞小説を読むだけで元は取れるというもの。

「東京新聞」について言えば、内容はいいですが、掲載広告には「えっ、え〜!」 というのが結構あります。“あんな広告”を載せないでもやっていけるよう、読んで応援したい。

関 肇『新聞小説の時代 〜メディア・読者・メロドラマ〜 』(新曜社) 『新聞小説の魅力 (東海大学文学部叢書) 』。飯塚浩一ほか
関 肇『新聞小説の時代 〜メディア・読者・メロドラマ〜 』(新曜社) 『新聞小説の魅力 (東海大学文学部叢書) 』。飯塚浩一ほか

■馬込文学マラソン:
川端康成の『雪国』を読む→
芥川龍之介の『魔術』を読む→

◾️参考文献:
●『新聞小説史 〜明治篇〜』(高木健夫 国書刊行会 昭和49年発行)はしがき、P.3-14、P.241-244 ●『新聞小説史年表』(高木健夫 国書刊行会 昭和62年発行)P.18

■ 参考サイト:
日本経済新聞/速報/「川端初の新聞小説"発掘" 「美しい!」27年に連載」(平成25年2月17日)→

・ ウィキペディア/●大阪毎日新聞(平成30年9月17日更新版)→ ●新聞小説(平成30年11月11日更新版)→ ●徳川家康(山岡荘八)(平成30年9月2日更新版)→ ●高橋お伝(平成30年10月16日更新版)→ ●仮名読新聞(平成30年1月25日更新版)→ 新聞配達(平成31年4月5日更新版)→

※当ページの最終修正年月日
2019.4.12

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