|
|||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||
|
大正8年3月1日(1919年。 発行の児童雑誌「赤い鳥」に、 江口千代(北川千代。24歳。江口 渙とまだ夫婦だった)の『世界同盟』(『北川千代・ 壷井 栄(日本児童文学大系22)』(ホルプ出版)に収録 Amazon→)が掲載されました。 子どもたちが一人一国ずつ担当し、仲間が次第に増え、町中の子どもが参加して“世界同盟”が実現するという話です。 最初、仲良しの武夫、信二、 「団結して外の敵に当らう」という信二に対して、幼い譲が“世界同盟”がいいと提案、3人だけでなく、みんなが(世界中が)仲良しになろうということになります。浩はフランス、長四郎はロシア、安之助はイタリアになり、女の子も仲間になって、祥子はベルギー、薫はオランダ、お咲は中国を担当、譲の妹の幼い 五郎はドイツを担当するのを嫌がります。『世界同盟』が発表されたのは大正8年3月で、第一次世界大戦が終結してから4ヶ月ほどしか経っていなかったのです(第一次世界大戦の終結は大正7年11月)。この未曾有の大愚行(戦争)の大きな原因を作ったのがドイツですから、五郎が嫌がるのもむべなるかな。しかし、子どもたちは、 ・・・五郎さんは初め、 学校に行かずに八百屋で働いている三吉はいじめられていましたが、トルコを担当してからは、他の国(子ども)が対等に対するようになって、明るく伸びやかに過ごすようになりました。周りの子ども達は言います。「三吉さんは働くことを知つてゐる人間だ僕達よりずつとえらい。僕達もそのつもりでしつかり勉強しなくツちやア」。三吉も本をもらって学ぶようになりました。・・・そして、町中の子どもが同盟に加わって、皆、楽しく毎日を過ごしましたとさ、めでたし、めでした。
「仮想敵国」とやらを勝手に想定して軍拡に励み(仮想敵を作って「お前を守る!」とかやっている三文少年漫画の乗り)、まともに外交しようともしないアホな政治家たちよりも、『世界同盟』の子ども達の方がずっと賢いですね。 実は、『世界同盟』で北川は、「朝鮮」を担当する子どものことも書いていました。ところが、「赤い鳥」主宰者の鈴木三重吉が北川に断りなくその部分を削除したのです。明治43年の日本による朝鮮の併合を北川は問題視しており(朝鮮の独立性を尊重しており)、鈴木は政府の同調者だったのが分かります。理想を高く謳った鈴木でしたが、ここまでが鈴木の限界であり、「赤い鳥」の限界でもありました。 国家主義(国家ファースト)、民族主義(民族ファースト)、その他もろもろの「〜ファースト」(我利我利主義)に拘泥することが、戦争や紛争の一番の原因であることは分かり切ったことです。「戦争という野蛮」が未だ地球からなくならない現状にあっては、『世界同盟』の子どもたちのように、国家を超えた「世界市民」的視点を再確認する必要があります。
こういった国家、民族、その他もろもろの共同体(地方公共団体はもちろんのこと、会社などの営利団体、宗教団体、家族、“お友達”も含む)を行動原理の根幹に置かず、人類全体を行動原理の根幹に置く考えは紀元前からありました。紀元前400年から紀元前300年にかけて(日本では弥生時代)ギリシャで活躍した哲学者ディオゲネス(ラファエロの「アテナイの学堂」(Photo→)にも描きこまれている。上の丸写真はその一部)は、「あなたは ・・・Imagine there's no countries Imagine all the people
近年では、地球規模の自然破壊や、地球規模でのウィルスの蔓延など、「地球人」として考え、対処しなければならないことが増えてきました。「地球人」という立場で考える人が増えたなら、地球はもっと「美しい星」になることでしょう。地球を壊してでも富を蓄積したい人たちは、きっと、「綺麗事だけじゃ生きていけない」とか、「お前は現実を知らない」とか、「頭の中、お花畑?」とか言い募ることでしょう。それに、抗いつつ・・・ ・・・世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない・・・(宮沢賢治「農民芸術概論綱要」より)
■ 参考文献: ※当ページの最終修正年月日 |