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“絶対化”に抗する(三島由紀夫の『喜びの琴』、上演中止となる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ピーテル・ブリューゲル(1527年頃-1569年)の「バベルの塔」。天に届くほどの塔を築こうとして(神に近づこうとした。“絶対への志向”を比喩しているのだろう)、神怒りに触れる「旧約聖書」の故事にちなむ。かしずかれる王(左下)と対比させて、建設途上の「バベルの塔」で埃にまみれ危険な作業をしている人々がたくさん描きこまれている。全体図→ 王の部分→ 労働者の部分→ ※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/バベルの塔(令和2年11月5日更新版)→ 原典:「美術史美術館」(ウィーン)所蔵作品

三島由紀夫

昭和38年11月21日(1963年。 文学座の戌井いぬい 市郎理事(47歳)が、当地の三島由紀夫邸(東京都大田区南馬込四丁目32-8 map→)を訪れ、三島の戯曲「喜びの琴」Amazon→)の上演が、団員の意向で保留になったことを三島(38歳)に伝えました。三島はいっそ上演中止になることを望み、双方が合意。翌日(11月22日)、三島は文学座を退き、昭和27年から約11年間続いた文学座との関係を断ちます。

文学座ではすでに「喜びの琴」の稽古に入っていましたが、なぜ、そんなことになったのでしょう?

同作に反共的な台詞があり、一部の団員にはそれが耐え難たかったようです。警察署の一室が舞台ですが、そこに登場する片桐という公安の若い巡査が次のように語ります。

片桐:(村松の目くばせに気づかず) わかり切つてるぢやありませんか。国際共産主義者の陰謀ですよ。あいつらは地下にもぐつて、世界のいたるところに噴火口を見つけようとうかがつてるんです。世界中がこの火山脈の上に乗つかつてるんです。もしこの ほしいままな跳梁ちょうりょう をゆるしたら、日本はどうなります。(いよいよ激して)日本国民はどうなります。日本の歴史と伝統と、それから自由な市民生活はどうなります。われわれがガッチリ見張つて、奴らの破壊活動を芽のうちに摘み取らなければ・・・(三島由紀夫「喜びの琴」より)

ソ連や中国が共産革命の時に大規模な粛正を行ったのは事実です。ソ連については、「喜びの琴」が上演中止になる7年前(昭和31年)、フルシチョフ(61歳)がスターリン(没後約3年)らがおこなった大粛清を公表、日本でも知られるところとなりました。

中国については、中華人民共和国建国(昭和24年)前後から小規模な思想統制はあっても、大粛清が行われる「文化大革命」は3年後の昭和41年からなので、文学座の座長の杉村春子(「喜びの琴」上演中止時57歳)も「文化大革命」を主導することとなる毛 沢東をまだ支持していたようです。この時期ではサルトルですら毛 沢東を支持していたくらいです。

「喜びの琴」では電車転覆事故が起こります。右翼系の人の仕業と思われるように共産系の人が仕組んだ陰謀というオチです。 実は、3ヶ月ばかり前に(昭和38年9月)、政府・警察・検察・司法がグルになって共産主義者や労働組合員を陥れようとした「松川事件」という列車転覆謀略事件が14年という歳月をへてようやく結審し、告訴された共産系の人たちの無罪が確定したばかりでした。「喜びの琴」のオチはその判決に当てつけているようでもありました。

「松川事件」が連想させるように書かれた悪意は批判されるべきですが、三島がこのような物語運びにしたのは、ソ連・中国の言論弾圧や粛清に強い危機感を持ったからでしょう。

昭和41年(「喜びの琴」上演中止の3年後)、中国に「文化大革命」が起こり粛清が顕著になります。結果、40万人もの死者、数千万人にも及ぶ行方不明者が出たと言われています。毛 沢東思想を信奉する学生は 紅衛兵 こうえいへい を組織し、「革命無罪(革命のためにやったことは罪に問われない)」を掲げ破壊・暴行の限りを尽くしました。反対派と見なされることを恐れた人々は、吊るし上げられる前に、自らの“潔白”を示すために進んで自己批判しました(戦前、弾圧された左系の人が進んで政府協力したのに似ている)。中国の歴史・文学の大御所 郭 沫若 かく・まつじゃく も、 「(自著は)すべて焼き尽くすべきである」と発言。「文化大革命」の10年間は、その影響もあってか、日本の学生運動も武闘化します(日本の学生運動の武闘化の走りとされる「羽田事件」は昭和42年に起きた)。

三島(42歳)は、「文化大革命」が起きた翌昭和42年、川端康成(67歳)、安部公房(42歳)、石川 淳(67歳)らと反対を表明。

・・・われわれは左右いづれのイデオロギー的立場をも超えて、ここに学問芸術の自由の圧殺に抗議し、中国の学問芸術が(その古典研究をも含めて)本来の自律性を恢復かいふくするためのあらゆる努力に対して、支持を表明するものである。・・・(4氏の抗議声明より)

三島らに賛同する人が少なかったのは、当時、中国に唯一特派員を置くことを許された「朝日新聞」が、中国におもねってか「文化大革命」を批判しなかったことが大きいようです。毛 沢東をニコニコした穏やかなおじさんくらいに思っている日本人が多かったと思います。そんな中でもきちんと批判できた三島らはやはり鋭いです。安部公房は昭和36年の日本共産党党大会決定に批判的な立場をとり党を除名されていましたが、共産主義のシンパです。

共産思想に限らず、どんな「思想」も、「思い」も「正義」も「理想」も絶対化すれば恐ろしいものになります。「絶対」に反するとなれば、簡単に「 たわ めてよし(撓めることを「教育する」と呼ぶ場合もある)」「排除してよし」「殴ってよし」「殺してもよし」となるでしょう。古今東西、左・右、聖・俗に関係なく、悲劇は現代に至るまでそこらじゅうで繰り広げられてきました。戦争、紛争、暴力、弾圧、諸々の差別・・・。

なお、ソ連での粛清や「文化大革命」を例にあげて「日本共産党も恐い」という人が今もいるようですが(WGIPをやたら取り上げる人がいますが、日本人に対するGHQによる反共思想植え付けの方がよっぽど成功しているのでは?)、当時、中国共産党が日本共産党に「日本でも文化大革命を」と圧力をかけてきたとき、日本共産党は突っぱねています。日本共産党は昭和30年、武力を用いた革命を放棄したのです( 六全協ろくぜんきょう <日本共産党第6回協議会>。武力闘争を放棄しなかった人たちが新左翼となる)。共産主義といっても多様です。今なお日本共産党は公安の監視対象だそうですが、どういった根拠からでしょう?「共産党は恐い」と煽って権力を掌握しようとする人たち(ヒトラーもそうだった)の方がよっぽど怖いのではないでしょうか?

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話を元に戻し、文学座から拒絶された「喜びの琴」ですが、一読すれば、反共的なプロパガンダ作品でないことは明らかです。むしろ反共思想を単純に信じ込んでいる主人公の片桐を批判しているとさえいえます。三島が言いたいのは、おそらく、「絶対的な正義」など存在しないこと。相対的な正義(常に自己検証を必要とするプロセスの中にある正義)を人は孤独に受け入れるしかなく、しかし、その孤独の中で、初めて聞こえる妙なる“喜びの琴(救済の象徴)”の音色・・・。平成27年9月15日、国会での「 SEALDsシールズ」の奥田愛基あき さんの言葉「勇気を出して孤独に思考し、判断し、行動し」にもつながります。世間で受けがいい人や権力者、リーダー、思想家、教祖、占い師、綱領、経典の言葉を鵜呑みにして、国籍、その他の属性を絶対視すれば、あれこれ自分で考えなくていいし、全能感も得やすいでしょうが、そこから傲慢が始まり、排他が生まれる。

「喜びの琴」の上演が中止になった6日後の11月27日、三島は「朝日新聞」に「文学座の諸君への『公開状』 」を掲載し、文学座の「生煮えの政治的偏向」を厳しく批判しました。三島の文学座脱退後、同座の矢代静一、中村 伸郎のぶお、村松 英子 えいこ ら十数名も退団。 翌年、退団者が中心になって 「NLT(Neo Litterature Theatre:新文学座)」 が作られます。 NLTの命名者は、文学座の創設に携わった岩田豊雄(獅子文六)です。 創設者さえも了見の狭い文学座に失望したようです。

『文化大革命五十年』(岩波書店)。著者:楊 継縄、編集:辻 康吾 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄(上)(草思社文庫)』。訳:倉骨 彰
『文化大革命五十年』(岩波書店)。著者:楊 継縄、編集:辻 康吾 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄(上)(草思社文庫)』。訳:倉骨 彰

■ 馬込文学マラソン:
三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
川端康成の『雪国』を読む→

■ 参考文献:
●『決定版 三島由紀夫全集24』(新潮社 平成14年発行)P.7-100、P.713-715 ●『二人の夫からの贈りもの』(長岡輝子 草思社 昭和63年発行)P.279-281、P.302-303 ●『五衰の人』(徳岡孝夫 文藝春秋社 平成8年発行)P.79-80 ●『三島由紀夫研究年表』(安藤 武 西田書店 昭和63年発行)P.262

■ 参考サイト:
●ウィキペディア/・喜びの琴事件(平成26年11月15日更新版)→ ・喜びの琴(平成24年11月20日更新版)→ ・文化大革命(平成28年11月10日更新版)→ ・紅衛兵(平成26年1月5日更新版)→ ●松岡正剛の千夜千冊/『文化大革命と現代中国(岩波新書)』(安藤正士・太田勝洪・辻 康吾)→ ●Everyone says I love you !/SEALDs奥田愛基氏「困難な時代にこそ希望があることを信じて自由で民主的な社会を望み反対します」→

当ページの最終修正年月日
2020.11.21

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