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奥付を読む(昭和53年10月30日、関口良雄の『昔日の客』、出版される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関口良雄のエッセイ集『昔日せきじつの客』の奥付おくづけ


昭和53年10月30日(1978年。 関口良雄のエッセイ集『昔日の客』が発行されました。

関口は、当地にあった日本近代文学専門の古書店「山王書房」(現・カフェ「昔日の客」。東京都大田区中央一丁目16-11 Map→ Twitter→)の店主。『昔日の客』には、古書店を経営するなかで出会った人々のことや、古書への尽きせぬ思いなどが軽妙タッチで綴られています。

還暦記念に発行する予定で、大の本好きの関口ゆえ自分の本を出すことになって「夢のようだ。 涙が出る」と張り切っていました。が、出版の準備が進む中で、病も忍び寄っていたのでした。

あと数ヶ月の命と知らされた家族は、関口にでき上がった本を見せたいと願いましたが、関口は「もっと書き足したい」 「もっと校正したい」と希望。家族は本人の希望を尊重しました。

『昔日の客』の奥付には(上の写真を参照)、

昭和五十三年十月三十日 発行

とあります。関口が亡くなったのが昭和52年8月22日ですから、1年と2ヶ月ほどが経過して発行されました。

著者名の左に、

発行者 岩 森 亀 一

とあります。発行者とは出版物を流通させるにあたっての責任者で発行人とも呼ばれます。発行所(出版社)の代表が務めることが多いようですが、 岩森亀一いわもり・きいち という方は、奥付の発行者の左にある発行所「 三茶さんちゃ 書房)」(東京都千代田区神田神保町一丁目1Map→)の店主。関口が「山王書房」始めた頃、やはり古書店を始め、関口とは勉強会を開いたり共同仕入をしたり、飲んだり、旅をしたりの仲で、三茶書房の現在の店主の婚礼のおり媒酌人を務めたのも関口だったようです。そんな深い付き合いから、岩森は発行者を引き受けたのでしょう。右の著者名、左の発行所名と違って一文字ずつ空けて組み、印象を少し薄めたのは、発行者自身の配慮でしょうか。

これら奥付にある「本を特定する情報」(書名、印刷年月日、発行年月日、著者名、発行者、発行所、印刷所、製本所など)を 書誌しょしデータ というそうです。

享保7年(1722年)、大岡忠相おおおか・ただすけ (小説やテレビでおなじみの“大岡越前”のモデル)によって発せられた御触書によって奥付を書くことが定められました。作者と版元を明らかにすることで、無断発行を防ごうとしたようです。明治26年からは出版法で奥付記載が義務付けられますが、重大な欠陥があったため昭和24年に出版法は廃止。奥付の法的根拠もなくなりました。が、奥付の書誌的な意義が広く認められているため、現在も踏襲されています。

修正前 修正後
修正前 修正後

牧野信一(33〜35歳)は昭和5年の8〜9月から翌昭和6年11月までの1年3ヶ月間ほど当地(東京都大田区山王一丁目22 map→)に住みますが、その間の昭和5年11月22日、作品集『西部劇通信』を出しています。その奥付をみると、なぜか、印刷日も発行日も4日後に修正され発行者の訂正印が押されています(上の写真の右)。

訂正されていない本も出回っているので(上の写真の左)、発行されてしばらくして間違いに気づき、在庫のものだけでも修正したのでしょうか。たいへんな作業だったと思います。印刷日を発行日と間違えたのでしょうか。厳密なものなのですね。

現在の書籍は、主に発行所(出版社)から出版 取次 とりつぎ (取次)に委託され、取次から書店に配本されるようです。書店は基本3ヶ月は取次に 返本へんぽん できないようで、出版社は書店になるべく置いてもらうべく、発行日を半月〜1ヶ月先の日付にするケースが少なくないようです。書店では奥付の発行日をみて返本するか否かを決めるようなので、その分書店に本を留め置けるという訳。

そんなことも今までは気になりませんでしたが、公文書の改竄事件などで日本人の文書に対する意識が極めて低いことが露呈し、結果オーライ、ズル、嘘、えーじゃないか、ポストトゥルーツ、「(自分のための)嘘も方便」といったロクでもない考え方も大手をふってまかり通るようになってきているようで、恐ろしいです。奥付についてのこういった“ズル”も問題視し改めていった方がいいのかもしれません。“正直”“誠実”という幼児にも分かりそうな当たり前の倫理観を取り戻さないとやばいです、日本。

岩波文庫の倉田百三の『出家とその弟子』の奥付。昭和42年時点で55刷されている

岩波文庫は、古典的・準古典的な作品や評価の定まった作品に絞って出版し、基本絶版にしないようなので、刷り数を重ねているものが多いようです。昭和2年に第1回分として発行された31冊にも含まれていた倉田百三の『出家とその弟子』の奥付は上のようになっていました。

48刷時点で一度改され、昭和42年時点で55 されています。改版されるまでは同一の内容であり、内容に訂正が加えられると改版と表記されます。でも、(日本では? 出版社によっては?)この「刷」と「版」も(意図的に?)混同されることがあるようで、油断がなりません。改版されていないのに「刷」によって内容に変更があったり、改版されているのに何がどう変わったのか読者に伝わらなかったり。ここをきっちりやらないと、紙媒体の情報の信頼性がネットの出典のない情報並みに落ちてしまいますね。

岩波文庫の『出家とその弟子』が、その後何刷になったかなと見たら、

岩波文庫の倉田百三の『出家とその弟子』の奥付。昭和42年時点で55刷されている

な、なんと、1刷に戻っていました。ロマン・ローランによる「フランス語版の序文」(フランス語版『出家とその弟子』は松尾邦之助とステニルベール・オベルランの共訳)、倉田研究の第一人者の鈴木 範久のりひさ さんによる「 解題かいだい 」と「年譜」を増補し、註釈も充実させて、新版として第1刷から始めたのですね。なんという潔さ。なお、旧版にあった 谷川徹三たにかわ・てつぞう (哲学者。谷川俊太郎さんの父親)の「解説」も変わらず収録されており、“伝統”も大切にされています。

林 望『書誌学の回廊』(日本経済新聞社) 鈴木成一『装丁を語る。』(イースト・プレス)
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平井紀子『図書館員のための解題づくりと書誌入門 (図書館サポートフォーラムシリーズ)』(日外アソシエーツ) 湯浅俊彦『出版流通合理化構想の検証 〜ISBN導入の歴史的意義〜』(ポット出版)
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■ 馬込文学マラソン:
関口良雄の『昔日の客』を読む→
牧野信一の『西部劇通信』を読む→
倉田百三の『出家とその弟子』を読む→

■ 参考文献:
●『昔日の客(復刊版)』(関口良雄 夏葉社 平成22年発行)P.217-220 ●『関口良雄さんを憶う(復刻版)』(編集人:尾崎一雄 実務責任:山高 登 夏葉社 平成23年発行)P.6-8 ●「奥付」(矢作勝美)※「日本大百科全書(ニッポニカ)」(小学館)に収録コトバンク→ ●「奥付と検閲と著作権(展示アーカイブ)」(協力:浅岡邦雄 千代田区立図書館)PDF→

※当ページの最終修正年月日
2022.10.30

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