{column0}


(C) Designroom RUNE
総計- 本日- 昨日-

{column0}

肉体の発見(昭和29年6月10日、三島由紀夫の『潮騒』、発行される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島由紀夫は、『潮騒』執筆の翌年(昭和30年。30歳)より、ボディービルを始めた。当地(東京都大田区蒲田)のボディービル・ジムにも通った ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用しました 出典:ウィキペディア/三島由紀夫(平成29年6月2日更新版)→

 

昭和29年6月10日(1954年。 三島由紀夫(29歳)の小説『潮騒』 が発行されました。

伊勢湾の入口にある神島(小説の中では歌島 map→)を舞台に、翳りのない純朴な精神をもつ、若い男女が、いくつかの障害を乗り越えて結ばれていくといった、三島作品では珍しい、真っ直ぐで、爽やかな恋物語です。発行後、たちまちベストセラーになり、アメリカでも人気を博しました。

発行された昭和29年にはすでに映画化され、現在までに5度も映画になっています。第2作目の映画(昭和39年)では浜田光夫と吉永小百合、第4作目の映画(昭和50年)では三浦友和と山口百恵、第5作目の映画(昭和60年)では鶴見辰吾と堀ちえみが主演しました。 ドラマやアニメにもなり、三島は歌劇化も考えていたようで、メモが残っているとのこと。三島作品では、まちがいなく一番一般受けした作品でしょう。彼には珍しいタイプの作品が、一番一般受けしたというのが面白いです。

ここでは、若さと、純朴さが讃えられています。主人公の新治を、

・・・一昨年新制中学を出たばかりだから、まだ十八である。背丈は高く、体つきも立派で、顔立ちの稚なさだけがその年齢に適っている。これ以上日焼けしようのない肌と、この島の人たちの特色をなす形のよい鼻と、ひびわれた唇を持っている。黒目がちな目はよく澄んでいたが、それは海を職場とする者の海からの賜物で、決して知的な澄み方ではなかった。・・・

と書き、もう一人の主人公・初江を、

・・・額は汗ばみ、頬は燃えていた。寒い西風はかなり強かったが、少女は作業にほてった顔をそれにさらし、髪をなびかせてたのしんでいるようにみえた。綿入れの袖なしにモンペを穿き、手には汚れた軍手をしていた。健康な肌いろはほかの女たちと変らないが、目もとが涼しく、眉は静かである。少女の目は西の海の空をじっと見つめている。そこには黒ずんだ雲の堆積のあいだに、夕日の一点の紅いが沈んでいる。・・・

と書いています。自然と労働に磨かれた健康で若い肉体が輝き、ここでは青っちろい「知性」などは、何の魅力も持ちません。

------------------------------------------------------

『潮騒』に見られる真っ直ぐな“肉体賛美”はどこからやって来たのでしょう?

三島の「ギリシャへの傾倒」と密接に関係しているようです。

太平洋戦争も末期、昭和20年5月、三島(20歳。三島の年齢と昭和の年数は一致する)は、神奈川県高座郡大和の海軍の 工廠こうしょう (軍直属の軍需工場)に勤労動員され、寮内の図書係になります。本を読む時間もあり、書き物をする時間もあり、三島はそこで、日本の古典を浴びるように読み、また、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の著作に出会って強く惹かれたようです。 ギリシャ生まれのハーンは、日本人のことを「東洋のギリシャ人」と評し、三島はそのフレーズに出会ってから、「ギリシャ的なもの」に思いを巡らし、それに憧れるようになっていったのかもしれません。 1年後の昭和21年(21歳)、川端康成(46歳)に手紙で次のように書いています。

・・・神代が果てるや神々は夜のなかへ身を隠しました。二度と真昼の太陽の下で神々は乱舞しませんでした。中世のお伽草子など読みまして、その世界が凡て手函のなかの夜のやうで、思はず息苦しくなることがございます。日本人はこれほど美しい自然と陽光に恵まれながら、ハアン(ラフカディオ・ハーン)のあの「東洋のギリシャ人」といふ讃詞にも背いて、夜の方へと顔を向けてまゐりました。紅葉にも鏡花にも、近世の「夜」が沈殿してをります。あれほどハイカラにみえる佐藤春夫氏にさへ、夜のかすかな名残が払ひ切れずにをります。日本人に深く根ざす美学に於て、「夜」は殆んど本質的なものがございました。・・・

ラフカディオ・ハーンが自国と同じように日本に見出したのは、美しい自然と陽光の下で営まれる生産と、その生産を守護する純朴な神々だったのでしょうか。しかし、三島は、その“楽園”を日本は、すでに中世以降見失った考えたようです。だから、ひたすらにギリシャに憧れたのでしょうか。

昭和26年から昭和27年にかけて約半年間、三島(26歳)は世界旅行に出かけます。この旅で、彼は、太平洋のぎらつく太陽、リオデジャネイロ(ブラジル)の祝祭的空気といったもろもろのものに出会いますが、何よりも、4月24日から29日までの6日間、ギリシャに滞在したのが大きかったでしょう。憧れのギリシャの地を踏み、「無上の幸福(三島由紀夫『アポロの杯』より)」に酔いました。

旅行の前か、あるいはその後にか、三島は、古代ギリシャ時代(2世紀末から3世紀初頭)に書かれた恋愛物語『ダフニスとクロエ』を熟読し、大学でもギリシャ文学の権威・ 呉茂一 くれ・しげいち の講義を熱心に聴講しています。

そして、帰国後、古代ギリシャの島々と相似形をなす三重県の「神島」を知り、2度そこを訪れて取材し、日本版『ダフニスとクロエ』、『潮騒』を書きあげたのでした。

「自然と陽光の下で営まれる生産」を支えるのは、若い肉体(労働力)です。それを、美の観念に結びつけて、爽やかに謳い上げたのが、『潮騒』でしょう。

三島は、私生活でも、『潮騒』を書いた翌年(昭和30年。30歳)からボディービルを初め、自身の肉体改造に務めます。青っちろい文学者としては死にたくない、と考え始めるのはこの頃からでしょうか。

当地の三島邸(南馬込四丁目 map→)の庭には、ギリシャの神アポローンの像が据えられています。

三島由紀夫 『潮騒 (新潮文庫) 』 Yukio Mishima 『The Sound Of Waves』。三島由紀夫 『潮騒』の英訳本
三島由紀夫 『潮騒 (新潮文庫) 』 Yukio Mishima 『The Sound Of Waves』。三島由紀夫 『潮騒』の英訳本
三島由紀夫原作 『潮騒(DVD)』。出演:吉永小百合、浜田光夫ほか 三島由紀夫原作 『潮騒(DVD)』。出演:山口百恵、三浦友和ほか
三島由紀夫原作 『潮騒(DVD)』。出演:吉永小百合、浜田光夫ほか 三島由紀夫原作 『潮騒(DVD)』。出演:山口百恵、三浦友和ほか
ロンゴス(推定) 『ダフニスとクロエー ―牧人の恋がたり』。訳:呉茂一 ラヴェル作曲「ダフニスとクロエ」第2組曲ほか。指揮:カラヤン。演奏:ベルリン・フィル
ロンゴス(推定) 『ダフニスとクロエー ―牧人の恋がたり』。訳:呉茂一 ラヴェル作曲「ダフニスとクロエ」第2組曲ほか。指揮:カラヤン。演奏:ベルリン・フィル
三島由紀夫 『アポロの杯 (新潮文庫) 』 。昭和26年(26歳)から翌年にかけての世界旅行の紀行文
三島由紀夫 『アポロの杯 (新潮文庫) 』 。昭和26年(26歳)から翌年にかけての世界旅行の紀行文

■ 馬込文学マラソン:
三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→
川端康成の『雪国』を読む→

■ 参考文献:
・ 『潮騒(新潮文庫)』
 (三島由紀夫 昭和30年初版発行 平成21年133刷参照)P.5-62、P.199-207

・ 『川端康成三島由紀夫 往復書簡(新潮文庫)』
 (平成12年発行)P.19-20、P.31-33

■ 参考サイト:
ウィキペディア/神島(平成29年3月29日更新版)→
ウィキペディア/潮騒(小説)(平成29年5月18日更新版)→
ウィキペディア/三島由紀夫(平成29年6月2日更新版)→
ウィキペディア/ダフニスとクロエ (ロンゴス)(平成29年5月8日更新版)→

隠し文学館 花ざかりの森/展示品など/館長室たより 2011年→

※当ページの最終修正年月日
2017.6.9

この頁の頭に戻る