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“音楽の本質(大正7年6月7日、プロコフィエフ、短編小説『罪深い情熱』を書き始める)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロコフィエフ

大正7年6月7日(1918年。 プロコフィエフ(27歳)が短編小説 『罪深い情熱』を書き始めています。

プロコフィエフは、その頃、米国へ渡る途上で、その中継点の日本にいました。当地(東京都大田区山王三丁目)の「 望翠楼 ぼうすいろう ホテル」でも 『罪深い情熱』を書き続けています。

こんな話です。ある町で、もっとも名誉ある僧院長と、もっとも蔑まれている不潔な歯医者と、飲んだくれの落ちぶれ貴族とが仲良くしています。そういった“訳の分からない交遊”が気に入らない「尊敬すべき市民」たちは、僧院長を怪しい2人から引き離そうとします。しかし、3人は“罪深い情熱”で結びついているので上手くいきません。次第に明らかになるのは、“罪深い情熱”が音楽に対する愛好の念であること。音楽は、差異を超え、人と人とを結びつける力があるようです。

世界的なピアニストのラン・ランも同じ趣旨のことを言っていました。音楽は、あるゆる差異(たとえば、ジェンダー、地位、身分、職業、国籍、宗教、信条、文化などの違い)を越えて、人と人とを結びつけるのだと。

たしかに、世界に5千前後もあるといわれる異言語でコミュニケートするのは困難を伴いますが、音楽ならば、即座に、そのリズム旋律ハーモニー音色を共有できます。

ロマン・ローラン

苦難の中にあった小島政二郎を救った一冊、ロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』にも、音楽についての示唆深い箇所がいくつもあります。

主人公のクリストフは、家は豊かでありませんでしたが、祖父と父が地元の楽団のリーダーで、クリストフも幼い頃から音楽に触れ、父から厳しい指導を受け、早熟な才能を発揮しはじめていました。しかし、その才能が、幼いジャンを増長させます。

そこに、ゴットフリートという母方のおじさんが登場します。

ゴットフリートは、村から村へとわたり歩いて細々と行商して暮らす、小柄で、痩せた、ひ弱で、猫背で、頭のはげ上がった男です。祖父や父はゴットフリートを小馬鹿にし、クリストフも調子に乗って、おじさんをからかったり、いじめたりしていました。

しかし、クリストフとゴットフリートは、上述の3人(名誉ある僧院長、不潔な歯医者、落ちぶれ貴族)のように、“罪深い情熱”で繋っているのでした。ゴットフリートは幼いクリストフを真夜中の散歩に誘い、クリストフもそれを楽しみにしています。

ある日の夜の散歩で、クリストフは作曲した曲をゴットフリートに得意げに示しました、当然、褒めてもらえると思って。しかし、ゴットフリートは認めてくれません。

・・・クリストフはむっとした。
「もしこしらえたいと思ったら!……」
「思えば思うほどできないもんだ。歌をこしらえるには、あのとおりでなけりゃいけない。お聴きよ……。」
 月は、野の向うに、丸く輝いてのぼっていた。銀色のもやが、地面に低く、また鏡のような水の上に、漂っていた。蛙が語り合っていた。牧場の中には、がまの鳴く笛の音のメロディーが聞こえていた。蟋蟀こおろぎの鋭いトレモロは、星のひらめきに答えてるかと思われた。風は静かに、はんの木の枝をそよがしていた。河の上方の丘から、うぐいすのか弱い歌がおりてきた。
 「何を歌う必要があるのか?」とゴットフリートは長い沈黙の後にほっと息をして言った。・・・(ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ』より)

私たちも「こしらえ物の音楽」=音楽と考えがちですが、自然にも、町にも、家にも、部屋にも、音は満ち満ちています。今この瞬間も、耳を澄ませば、いくつもの音が耳に飛び込んでくることでしょう。

吉田秀和は高一の頃、1年間ほど、中原中也からフランス語を教わっていました。吉田は後年、「中也は誰よりも音楽を知っていた」といいます。中也が音楽に蘊蓄うんちく が深いとは考えずらいです。「音」そのものに対する感受性をいっているのではないでしょうか。中也の詩には印象的な音表現がいくつも出てきます。

社会主義者(民主主義者、平和主義者)の大検挙を題材にした小林多喜二の『一九二八年三月十五日』にも、投獄された人たちがいかに「音」を渇望したかが書かれています。

・・・歌でなくても、外を歩く人の単純なカラカラという音、雪道をギユンギユンとなる音、そういうものにも、よく聞いてみて複雑な階調のあるのを初めて知ったり、どこからか分らないボソボソした話声に不思議な音楽的なデリケートなニュアンスを感じたりした。天井に雪が降る微かにサラサラする音に一時間も──二時間も聞き入った。すると、それに色々な幻想が入り交り、彼の心を退屈から救ってくれた。彼は何も要らなかった。「音」が欲しかった。・・・(小林多喜二『一九二八年三月十五日』より)

坂本龍一
坂本龍一

坂本龍一は、晩年、「事物そのものの音」を強く意識するようになるようですが、以前からも、音楽の規則性に息苦しいものを感じていたのではないでしょうか。平成7年(坂本43歳)にリリースされたアルバム「スムーチー」(Smoochy。情緒ある)はポップ路線だそうですが、ノイズや揺らぎが印象的です。

音の不規則性はどう取り入れうるでしょう。

ユーミンの「海を見ていた午後」YouTube→のあの自然な音空間は不規則っぽいタンバリンとトライアングルの音が醸しているような気がします。つなぐ人”ボブ・マーリーの「Jamming」のチリチリという音も不規則なような?

外界の音を音楽の素材として使う手法は1900年代初頭からのミュージック・コンクレートなどに顕著ですが、外界の音からの影響なら音楽の黎明期からあったのではないでしょうか。ポコポコ、ポコポコと続くリズムが例えば雨音の模倣で、バッハの多声音楽もカシードラルに反響する物音や声の模倣ではないでしょうか。ある情景を想起させることを狙った標題音楽という形で意識的に外界の音のスケッチが始まりますが、そう謳わないでも、ベートーベンの「ワルトシュタイン」YouTube(演:岡田 将)→を聴くと機関車が走り迫ってくるようです。「ワルトシュタイン」が作曲されたのが1803-1804年で、最初の蒸気機関車が走ったのがその1年前(1802年)。ベートーベンは、“時代の音”を直覚し自作に取り入れたのではないでしょうか。

ロマン・ローラン『ジャン・クリストフ (岩波文庫)』。訳:豊島与志雄。15年かけて書かれた大河小説の先駆。ノーベル文学賞受賞作 『クセナキスは語る 〜いつも移民として生きてきた〜』(青土社)。翻訳:柿市 如。その凄まじい生涯から生まれ出た音楽
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みの『戦いの音楽史 〜逆境を越え 世界を制した 20世紀ポップスの物語〜』(KADOKAWA) みのミュージック/●音楽が多すぎて全部聴けない→ ●最近の曲は未来に残らない!?→ ●君が代って音楽的にどうなの!?→ ●放送禁止になった洋楽がヤバい→ 「バベル」。人と人とがどんどん分断されていく。その「もっとも暗い夜」に、「もっとも輝ける光」は見えるのか? 監督はメキシコのイニャリトゥ。最後を坂本の「美貌の青空」が飾る。音楽を担当したアルゼンチン出身のグスターボ・サンタオラヤはこの作品でアカデミー作曲賞を受賞
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■ 馬込文学マラソン:
プロコフィエフの『彷徨える塔』を読む→
小島政二郎の『眼中の人』を読む→
中原中也の「お会式の夜」を読む→

■ 参考文献:
●『プロコフィエフ短編集』(訳:サブリナ・エレオノーラ、豊田菜穂子 平成21年発行)P.105-127、 P.181 ●「世界にはいくつの言語があるのでしょうか」(宇佐美 洋)ことば研究館→ ●『ジャン・クリストフ(一)(岩波文庫)』(ロマン・ローラン 訳:豊島与志雄 昭和61年初版発行 昭和62年発行4刷参照)P.142-155 ●「坂本龍一を聴く I 到達点」※「芸術新潮」(令和5年5月号)P.16-21 ●『永遠の故郷 〜夜〜』(吉田秀和 集英社平成20年初版発行 平成23年6刷参照)P.7-8

※当ページの最終修正年月日
2023.6.7

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