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生と死の混沌(昭和42年10月7日、三島由紀夫、ワーラーナシーを訪れる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三島由紀夫

昭和42年10月7日(1967年。 三島由紀夫(42歳)がガンジス河沿いの街ワーラーナシー(ヴァーラーナシー、ベナレス、バラナシ、ヴァラナシとも Map→)を訪れています。ヒンドゥー教の一大聖地です。

インド政府に招かれて約1ヶ月間インドに留まった三島は、フセイン大統領、ガンジー首相、インドの作家や大学教授らと会談するとともに、アジャンタMap→、タージ・マハルMap→などを精力的に巡り、ことに、ワーラーナシーへは複数回足を運びました。

昭和45年に発行された「暁の寺」(『豊饒の海』 第3巻)にあるワーラーナシー(ベナレス)の描写はその時の見聞が元になっているのでしょう。

・・・ベナレスは、聖地のなかの聖地であり、ヒンヅー教徒たちのエルサレムである。シヴァ神の御座所おましどころなる雪山せつせんヒマラヤの、雪解ゆきげ水をけて流れるガンジスが、絶妙な三日月形をゑがいて彎曲わんきょく するところ、その西岸に古名ヴァラナシ、すなはちベナレスの町がある。・・・(中略)・・・ホテルの窓外には、息苦しい西日が充ちてゐた。その中へ身を躍らせてゆけば、すぐにも神秘を手づかみにできさうな気がしたのである。
 さるにてもベナレスは、神聖が極まると共に 汚穢をわい も極まつた町だつた。・・・(三島由紀夫「暁の寺」より)

インドの人口・約14億人の8割ほどがヒンドゥー教徒だそうです。ヒンドゥー教では、生前の行い(業・カルマ)によって、死後、別の肉体を伴って生まれ変わるとされます( 輪廻 りんね )。さらには輪廻というシステムから抜け出して全き自由に至ること( 解脱げだつ )を目指すようになり、それが人生の最高の目的とされました。人々は、聖なるガンジス河のほとりワーラーナシーで祈り、そこで最期を迎えることを望みます。

ジョージ・ハリスン

ガンジス河に降りていけるよう、河への斜面は階段状になっていて「ガート」と呼ばれます。人々は河に降りていって、河の水で体を清め( 沐浴もくよく )、祈り、死者の灰を流し、洗い物もし、釣り糸もたれ、子どもたちは遊んだりします。ワーラーナシーでは、生と死とが混沌としています。

ジョージ・ハリスン
ジョージ・ハリスン

ビートルズのリードギタリストのジョージ・ハリスンは、ワーラーナシー生まれのラヴィ・シャンカールの元に通ってシタールの習得に励みました。ビートルズの6枚目のアルバム「 Rubber Soul ラバー・ソウル 」の2曲目「Norwegian Wood」(ノルウェーの森)は、ジョージがシタールを演奏。その後もジョージは民族楽器を取り入れ、ポップスに新たな波を作り出していきました。(YouTube/ビートルズ「Norwegian Wood」→

横尾忠則さんはビートルズに感化されてインドに憧れたようですが、三島由紀夫に「インドには行くべき時期がある。その時期はインドが決める」と諌められたようです。 三島(45歳)は自死する3日前、横尾さん(34歳)に電話で、 「(君は)インドに行くことができる、行くべきときがきた」 と告げたとか。その後、横尾さんは頻繁にインドに通ったようです、むろんワーラーナシーにも。

遠藤周作

遠藤周作の『深い河』はワーラーナシーが舞台です。様々な事情を抱える5人の人生がガンジス河のほとりで交錯します。敵をも受け容れようというキリスト教が、その絶対性がゆえに排他的になっていくといった矛盾。カトリック信者だった遠藤はその矛盾に自覚的でした。「深い河=ガンジス河」は人が同じ場所へ帰っていくことを示唆しているようです。同作にインスパイヤーされて、宇多田ヒカルさんは「Deep River」を書いたようです(J-Lyric.net/宇多田ヒカル「Deep River」→ YouTube/宇多田ヒカル「deep River」→ 熊井 けい 監督によって映画にもなっています(参考サイト:100KeiKumai.com(熊井 啓の世界)/Deep River (1993) / 深い河→)。

長渕 剛も「ガンジス」という歌にワーラーナシーを旅したときのことを織り込んでいます。長渕には当地に滞在して作曲に励んだ一時期があったとか。(J-Lyric.net/長渕 剛「ガンジス」→)。YouTube/長渕 剛「ガンジス」→

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往年の名クライマー遠藤甲太こうた (「自殺行為」とも言われた谷川岳一ノ倉沢の滝沢第三スラブの冬季登攀(第二登)、カラコルムのラトック1峰の初登頂隊に参加)が、平成17年、やはり面白い登山をしています。当地(東京都大田区)の南端を流れる多摩川を河口から水源の笠取山(1953m)まで忠実に遡行するというもの。しかも中学校2年の息子を連れてです。

遠藤は多摩川の石段を見て、ワーラーナシーのガートに思いを馳せます。

・・・河岸につらなる石段、夜明けのガートを降りてゆき、水中のきざはし に導かれてガンガに入った。なまぬるい、よどんだ水。やがて素足は砂ではない何か、ジャリジャリするものを踏む。じゃりじゃり、しゃりしゃり。そう、おれと妻とはそいつがなんであるかを、よく知っていた。
 それはマニカルニカの焼場から流れ出て、水底に積もったカルシウム、人の骨にほかならぬ。だが、死んでしまえば、たましいはすでにその肉を去っている。まして骨は、完璧に脱け殻。気にする者などヒンドゥーの徒にはいない。陽が昇ると男も女も、子供たちも河に入る。ひとはみな朝ごとに、よりよい転生を願って、ガンガの女神に祈るのだ。・・・・(遠藤甲太『父と子の多摩川探検隊』より)

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当地(東京都大田区)に縁ある安部龍太郎さんもワーラーナシーに滞在し、そこで人生の転機をつかんだようです。

・・・そのむき出しの光景を見て、魂を揺り動かされるような衝撃を受けたものだ。二十八歳のころで、この先どう生きるべきかという苦悩を抱えての旅だったが、数日間ワーラーナシーで過ごすうちに、受験競争や出世競争、期待される人間像などといった虚妄の価値観に縛られていた自分が急にばかばかしくなった。
  井桁いげた に組んだ木で無造作に焼かれ、長い竹竿で叩き折られてガンジス川に捨てられる遺体を見ていると、この世における人間の限界と来世へつながる可能性が同時に感じられて、人間はありのままで尊いと素直に思えるようになった・・・(出典:ソフィア(京都新聞文化会議)/安部龍太郎「精霊迎えに理性と信仰の姿」(リンク切れ ※令和2年10月6日現在)→)

三島由紀夫「暁の寺(新潮文庫)」(『豊饒の海』第3巻) 横尾忠則『インドへ』(文藝春秋)
三島由紀夫「暁の寺(新潮文庫)」(『豊饒の海』第3巻) 横尾忠則『インドへ』(文藝春秋)
遠藤周作『深い河(講談社文庫)』 遠藤甲太 『父と子の多摩川探検隊 〜河口から水源へ〜』(平凡社)
遠藤周作『深い河(講談社文庫)』 遠藤甲太『父と子の多摩川探検隊 〜河口から水源へ〜』(平凡社)

■ 馬込文学マラソン:
三島由紀夫の『豊饒の海』を読む→

■ 参考文献:
●『三島由紀夫 研究年表』(安藤 武 西田書店 昭和63年発行)P.267-268 ●「暁の寺」(『豊饒の海』第3巻)(三島由紀夫 新潮社 昭和45年発行)P.61-63 ●「バラナシ、生と死 見つめる聖地(現場を旅する64)」(うちだ・あきら)※「The Asahi Shimbun GLOBE」(平成26年5月18-31日)掲載 ●「ワーラーナシー」※「世界大百科事典(第2版)」(平凡社)に掲載コトバンク→ ●「ヒンドゥー教」(前田専學)※「日本大百科全書(ニッポニカ)」(小学館)に掲載コトバンク→ ●「インド共和国/一般事情」(外務省)site→ ●「水辺の建築空間 ガート(インドの都市から考える 第4回)」(柳沢 究)site→ ●「インド音楽との出会いと「Norwegian Wood」や「Within You Without You」についてジョージ・ハリスンが語る」(Richard Havers)discovermusic.jp→ ●「ジョージ・ハリスン(プレイヤー伝説)」(岩根健一)※『ザ・ビートルズ アルバム・バイブル』(日経BP社 平成24年発行)に収録 ●『父と子の多摩川探検隊』(遠藤甲太 平凡社 平成17年発行)P.27-28 ●「バラナシ(3)」(ゆう)INDIAQUEST 〜笑顔に出会う旅〜→ ●「沢木耕太郎『深夜特急3 インド・ネパール』」(立宮翔太)文学どうでしょう→ ●「「三スラ神話」 谷川岳 一ノ倉沢 滝沢第三スラブ」登攀図書館→

※当ページの最終修正年月日
2024.10.7

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