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政治と金(昭和9年12月26日、高木正年、衆議院にて最後の登壇)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高木正年

昭和9年12月26日(1934年。 盲目の政治家・高木 正年 まさとし (78歳)が、新議長が就任するというので、衆議院の議場に姿を見せました。 高木はすでに病んで足腰が上手く立たず、 係員に支えられながら5分ほどもかけて登壇、喘ぎながら祝辞を述べました。議場は厳粛な空気となり、涙を流す議員もいたそうです。高木は翌27日、入院、5日後の31日に息をひきとりました。まさに「決死の登壇」(「読売新聞(夕刊)」昭和9年12月26日)でした。

27歳で東京府議会議員となり、その後明治23年、第1回「衆議院総選挙」で当選しますが、7年後(明治30年高木40歳)に緑内障で失明。絶望し死を望んだ一時期もあったようですが、衆議院議員仲間の柴 四朗(政治小説の傑作と謳われた『 佳人之奇遇かじんのきぐう』の作者・東海散士とうかい・さんし )の「日本にも盲人政治家がいることを諸外国に知らしめ、日本の文化の高さを宣揚すべき絶好のチャンス」との言葉に励まされて、1年後の明治31年(41歳)衆議院に返り咲きます。日本初の盲目の衆議院議員の誕生です。昭和3年(71歳)の第1回「普通選挙」では全国最高得点で当選。当選回数は計13回におよび、39年間の議員生活を全うしました。

勅撰で終身任期の貴族院議員に推挙されたときは「大衆の味方であり続けたい」とそれを拒否、大隈内閣の参政官の打診があった時も辞退しています。足尾鉱毒事件で被害住民側にたって戦った田中正造(高木の15歳上)を敬愛し、高木も常に弱者の味方たろうとしました。婦人参政権と普通選挙の実現のためにも奔走。昭和3年、浅野総一郎らが推進しようとした京浜運河の開削と埋め立ては、当地(東京都大田区)の海苔産業に打撃を与えることが必至でした。高木は、漁民の請願を衆議院・貴族院に提出する中継ぎをします。

質素な生活を送りましたが、政治活動のために私財を投じたため、生活はいつも苦しく、取り立ての米屋、魚屋、八百屋が家の前にずらりと並ぶことも珍しくなかったそうです。それでも、特定の利権のためには動かなかった資金集めのパーティーもいっさい開かず、自らの理想を実践。家に井戸と塀しか残らないような政治家を「井戸塀の政治家」というそうですが、高木の政治姿勢から生まれた言葉だとか。ぎりぎりの資金で動いた高木でしたが、支援者たちは中身の乏しい財布から献金(子どもも小遣いを献金したという)、率先して選挙運動にも協力したそうです。このような政治家が当地にいたことを誇りに思います。

高木が敬愛した田中正造もまさに「井戸塀の政治家」で、足尾銅山の公害反対運動で財産を使い果たし、大正2年71歳で死去したおりに所有していたのは、なんと信玄袋一つ。そこには、書きかけの原稿、「新約聖書」、鼻紙、川海苔、小石3個、日記3冊、「帝国憲法」と「マタイ伝」(「新約聖書」の福音書)の 合本 がっぽん だけが入っていました。これらの遺品は、現在、田中の衣装などとともに栃木県の文化財に指定されています。参考サイト:とちぎの文化財/田中正造遺品→

金が降る

彼らに比べ、現今の、身につけている上等な生地の背広や所有している高級自動車を誇るような政治家もどきはなんなんでしょう。おそらく彼らには、確たる民主主義的な政治信条などなく、ただただ金を基づく権力保持(自分・自分たちが支配したいという動物的本能の発現)にこそ関心があるのでしょう。高木や田中の爪の垢を煎じて飲むといいですね(口に含むこともできないか・・・)。

政治家の劣化は、日々、政治家の金に関する不祥事を生んでいます。

政党や政治家に対して資金提供する政治献金には、企業献金、団体献金(企業以外の宗教団体、労働組合、業界団体などによるもの)、個人献金がありますが、企業献金と団体献金は利権獲得など自身や自身の所属団体への優遇を期待していると疑われるケース(“賄賂”性が疑われるケース)が多く、政治腐敗の一大原因として問題視されてきました。

この不健全な政治献金を抑制する目的で、不健全な政治献金がなくても政党活動が十分に行えるように(不健全な政治献金がなくては政党活動が十分に行えないとする考え方自体、おかしいが)、平成6年に政党助成法ができ、年間320億円(国民1人当たり年間250円負担している計算)もの大金が毎年政党に交付されるようになりました。よって、現在は、政党助成金(政党交付金)が政党収入で大きな割合を占めています。平成25年の純収入に対する政党助成金の割合は民主党91%、自由民主党89%、日本維新の会72%ほどでした。

問題は、政党助成金が交付されるようになって、不健全な政治献金が抑制されるようになったかです。

平成24年与党に復帰した自民党は政治献金を前年より67%増やしています。与党の政治力に期待(見返りを期待)してのことでしょうか。政党助成金ができても企業献金が抑制されず、政党助成金もがっぽりもらって、両取り状態になっているのではないでしょうか?

なお、日本共産党は、政党助成金を強制的な献金(政党支持の自由を踏みにじる制度)ととらえ、当初から一切受け取ってきませんでした。企業献金と団体献金も政治腐敗の一大原因として退けています。どこぞの「身を切る」政党より、よっぽど身を切ってますね?

政治資金パーティーのパーティー券を購入することにも、主催団体への献金の意味合いがあります。企業献金と団体献金が抑制されるべきなのと同様、政治資金パーティーも控えられるべきですが、相変わらず盛んに開催されているようです。

政治資金パーティーそのものも問題ですが、さらには、パーティーでの収入を正しく記載しないで裏金を作った疑惑も生じています(政治団体は全ての収入を「政治資金収支報告書」記載しなくてはならない)。

不適切な支出の問題もあります。

公金を原資とする金で近しい会社から物品を購入したり、支援者・有権者を接待したり、他党攻撃のために外部機関に支払われた疑惑もあります。年間10億円にも上る「内閣官房機密費」の使い道に対しての疑念も高まってきました。当然収支は記録されているはずで(記録されてない? 記録されてもすぐ捨てちゃう? 何かやましい支出をしている?)、機密に関係ある文書であっても、先進国と呼ばれる国のように30年後に公開すべきです(「30年ルール」。英国は「20年ルール」)。 見えるようにするのが(可視化が)、政治腐敗を防ぐ一番の方法でしょう。

小松 裕 『田中正造 〜未来を紡ぐ思想人〜 (岩波現代文庫)』 小松公生『政党助成金に群がる政治家たち』(新日本出版社)
小松 裕『田中正造 〜未来を紡ぐ思想人〜 (岩波現代文庫)』 小松公生『政党助成金に群がる政治家たち』(新日本出版社)
上脇博之『内閣官房長官の裏金 〜機密費の扉をこじ開けた4183日の闘い〜』(日本機関紙出版センター) 上脇博之『日本維新の会の「政治とカネ」 〜「身を切る改革」の正体を暴く〜』(日本機関紙出版センター)
上脇博之『内閣官房長官の裏金 〜機密費の扉をこじ開けた4183日の闘い〜』(日本機関紙出版センター) 上脇博之『日本維新の会の「政治とカネ」 〜「身を切る改革」の正体を暴く〜』(日本機関紙出版センター)

■ 参考文献:
●「庶民の味方 高木正年」(田中徹二)※『道ひとすじ 〜昭和を生きた盲人たち〜』(愛盲報恩会 あずさ書店 平成5年発行)P.321-326 ●「盲目、清貧の政治家 高木正年」(月刊「おとなりさん」平成16年6月号 vol.251 ハーツ&マインズ) ●「京浜運河の開削と漁業の破壊」(千本秀樹)※『大田区史(下)』(東京都大田区 平成8年発行)P.471-479 ●「政治献金」(室伏哲郎)※「日本大百科全書(ニッポニカ)」(小学館)に収録コトバンク→ ●「政党交付金」(矢野 武)※「日本大百科全書(ニッポニカ)」(小学館)に収録コトバンク→ ●「IR汚職実刑 〜利権の構図を断罪した〜」(「東京新聞」社説(令和3年9月8日)) ●『告発! 政治とカネ 〜政党助成金20年、腐敗の深層〜』(上脇博之 かもがわ出版 平成27年初版発行 同年発行2刷)P.21-23 ●「「身を切る」というが 維新の政党助成金は?」しんぶん赤旗→ ●「公文書管理体制の日英比較」(奈良岡聰智そうち日本公文書館→

※当ページの最終修正年月日
2023.12.26

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