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他殺? 自死?  それとも謀殺?(昭和24年7月5日、「下山事件」起こる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常磐線「北千住駅」「綾瀬駅」間で、国鉄の下山しもやま総裁が変わり果てた姿で見つかった ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山事件(平成26年7月3日更新板)→

 

昭和24年7月5日(1949年。 午前8時20分頃、初代国鉄総裁の 下山定則しもやま・さだのり (47歳)が、当地(東京都大田区上池台二丁目21 map→)の自宅を公用車で出発。1時間17分後の9時37分頃には日本橋「三越」(東京都中央区日本橋室町一丁目4-1 map→ ※佐藤玄々の「天女像」はまだなかった)に着き、運転手に「5分くらいだから待ってくれ」と告げて入店、その後、消息を絶ちます(「下山事件」)。

下山国鉄初代総裁 ※「パブリックドメインの写真(昭和24年7月6日以前に公表された写真)(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山定則(令和2年7月4日更新版)→ 向って左側あたりに下山邸があったようだ
下山国鉄初代総裁 ※「パブリックドメインの写真(昭和24年7月6日以前に公表された写真)(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山定則(令和2年7月4日更新版)→ 向って左側あたりに下山邸があったようだ

その日の24時をわずかに回った、翌6日の午前0時30分頃、国鉄常磐線の「北千住駅」(東京都足立区千住旭町42-2 map→)と「綾瀬駅」(東京都足立区綾瀬三丁目1-1 map→)の間の下りレール上で、下山総裁が 礫死体れきしたい で発見されました。

日本は当時まだ連合軍(GHQ。米軍)の占領下にありました。米国は、日本を経済的に自立・安定させるべく梃入れをし(ドッジ・ライン)、それを受けて下山総裁は、前日(7月4日)、国鉄職員3万700人の解雇を通告したばかりでした。事件はその翌日に起きたのです。

上の事情から、労働組合員が怨恨から殺したとする「他殺説」、占領軍と労働組合の板挟みになった心労から鬱状態になって自死したとする「自死説」、労働組合員の犯行に見せかけそのイメージを失墜させようと企む者の仕業とする「謀殺説」が飛び交います。

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翌日行われた東大の古畑種基ふるはた・たねもと 教授による司法解剖では、列車に接触した時に生体に生じるはずの「生活反応」がほとんど見られないのに、局部などにのみ内出血などの「生活反応」があり、けり上げといった暴行があった可能性を指摘、暴行後の「死後轢断」との見解(「古畑鑑定」。「他殺説」)を示しました。現場の手前180mに点々と血痕があるなど裏付ける事実もあり、警視庁捜査一課と「朝日新聞」をはじめとする多くのマスコミが支持。

「下山事件」の捜査 ※「パブリックドメインの写真(昭和24年7月6日に公表された写真)(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山事件(平成30年7月1日更新版)→ 「下山事件」の捜査本部にて。左が古畑教授、右が毒物鑑定担当の秋谷七郎 ※「パブリックドメインの写真(昭和24年7月に公表された写真)(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山事件(平成30年7月1日更新版)→ 原典:『今だから話そう 〜法医学秘話〜』(古畑種基)
「下山事件」の捜査 ※「パブリックドメインの写真(昭和24年7月6日に公表された写真)(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山事件(令和2年7月4日更新版)→ 「下山事件」の捜査本部にて。左が古畑教授、右が毒物鑑定担当の秋谷七郎 ※「パブリックドメインの写真(昭和24年7月に公表された写真)(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/下山事件(令和2年7月4日更新版)→ 原典:『今だから話そう 〜法医学秘話〜』(古畑種基)

しかし、消息を絶った「三越」から現場までの下山総裁と思しき人物の目撃情報が20件以上もあり、下山総裁の苦悩する姿が浮き彫りにもなります。また、現場で遺体検分した法医学者の八十島やそしま信之助や慶応大学の中舘久平なかだて・きゅうへい 教授が「古畑鑑定」を疑問視し、「生体轢断」を主張。「自死説」も有力でした。

結論が出ないまま同年(昭和24年)12月31日、捜査本部は解散となり、下山総裁のワイシャツ・下着・靴下に大量に付着していた 糠油ぬかあぶら の出所を追跡していた捜査二課の捜査も、翌年(昭和25年)、捜査員の転任などによって事実上打ち切られました。事実が明らかになることを回避する動きのようにも見えます。

松本清張

このままうやむやに終わるところでしたが、事件から11年経た昭和35年、松本清張(50歳)が、GHQが事件に関与していたとする「謀殺説」を『日本の黒い霧』に書いて出版。GHQ内で、GS(Government Section。民政局。軍閥・財閥の解体を進め、日本の民主化政策の中心をになった。社会党の片山 哲や、民主党の芦田 均を支えた)とG2(参謀第2部。諜報活動や検閲を担当。復古主義の吉田 茂を押し出した)の対立・主導権争いがあり、G2の下部組織が犯行に及んだと推理しました。

4年して昭和39年には、「毎日新聞」記者の平正一が『生体れき断』で「自死説」を主張。昭和45年にも、捜査一課の刑事だった関口由三が『真実を追う』で「自死説」への確信を示しました。

その3年後の昭和48年には、「朝日新聞」記者だった矢田喜美雄が『謀略・下山事件』を出版、「アメリカ陸軍防諜部隊」に命じられて下山総裁の遺体を現場まで運んだとされる人物にまでたどりついています(「謀殺説」)。これは「日本の熱い日々・謀殺・下山事件」という映画にもなりました。「松川事件」が謀略だったのでしょうから、「下山事件」もその可能性が小さくないでしょう。

するとまた3年して昭和51年、「他殺説」に疑問をもった佐藤 はじめ が「自死説」の集大成『下山事件全研究』を出します。佐藤は松川事件の元被告で共産党員でしたが「謀殺説」を取る日本共産党から除名されています。異説を抱える度量がないのが日本共産党の残念なところかもしれません。(近年の日本共産党にはしなやかさが出てきて頼もしいが)。

このように「他殺説」「自死説」「謀殺説」の本が次々に出版されていますが、「下山事件」は「昭和史最大の謎」とも言われ続けているようです。米国との関係、捜査や報道のあり方など、現在にも連なる問題をはらんでおり興味深いですね。

松本清張 『日本の黒い霧〈上〉 (文春文庫) 』(昭和35年初版発行)「下山国鉄総裁謀殺論」を収録 矢田喜美雄 『謀殺 下山事件 (祥伝社文庫)』(初版は昭和48年刊行)
松本清張 『日本の黒い霧〈上〉 (文春文庫) 』(昭和35年初版発行)「下山国鉄総裁謀殺論」を収録 矢田喜美雄 『謀殺 下山事件 (祥伝社文庫)』(初版は昭和48年刊行)
「日本の熱い日々 〜謀殺・下山事件〜 [DVD] 」。原作:矢田喜美雄『謀殺 下山事件』、監督:熊井 啓、出演:仲代達矢、山本 圭ほか ※残念ながら、高値がついています(h30.7.4) 森 達也 『下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)』。特務機関、キャノン機関、神戸のcicグループ、村井 恵、ライカビル、勝浦の工場・・・
「日本の熱い日々 〜謀殺・下山事件〜 [DVD] 」。原作:矢田喜美雄『謀殺 下山事件』、監督:熊井 啓、出演:仲代達矢、山本 圭ほか ※残念ながら、高値がついています(h30.7.4) 森 達也 『下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)』。特務機関、キャノン機関、神戸のcicグループ、村井 恵、ライカビル、勝浦の工場・・・
柴田哲孝 『下山事件 〜暗殺者たちの夏〜 (祥伝社文庫)』。初版は平成27年。著者の祖父が籍をおいた貿易会社「亜細亜産業」が下山総裁の暗殺に深く関与したという確信のもと書かれている。推論があるため「フィクション」としている。著者の「ノンフィクション」はこちら→ 佐藤 一 『新版・下山事件全研究』(インパクト出版会 平成21年刊行 初版は昭和51年)。松本清張『日本の黒い霧』と矢田喜美雄 『謀殺 下山事件』への批判。「自殺説」の白眉だろう。著者が松川事件の被告だった点も興味深い
柴田哲孝 『下山事件 〜暗殺者たちの夏〜 (祥伝社文庫)』。初版は平成27年。著者の祖父が籍をおいた貿易会社「亜細亜産業」が下山総裁の暗殺に深く関与したという確信のもと書かれている。推論があるため「フィクション」としている。著者の「ノンフィクション」はこちら→ 佐藤 一 『新版・下山事件全研究』(インパクト出版会 平成21年刊行 初版は昭和51年)。松本清張『日本の黒い霧』と矢田喜美雄 『謀殺 下山事件』への批判。「自殺説」の白眉だろう。著者が松川事件の被告だった点も興味深い
浦沢直樹「BILLY BAT(1)(モーニング KC)」。ストーリーは長崎尚志との共作。日系漫画家・ケヴィン・ヤマガタは「下山事件」に巻き込まれていく
浦沢直樹「BILLY BAT(1)(モーニング KC)」。ストーリーは長崎尚志との共作。日系漫画家・ケヴィン・ヤマガタは「下山事件」に巻き込まれていく

■ 参考文献:
●『新版 下山事件全研究』(佐藤 一 インパクト出版会 平成21年発行)P.587-590 ●『下山事件 暗殺者たちの夏』の書評(原 武史 ※「朝日新聞」平成27年8月30日朝刊)

■ 参考サイト:
●ウィキペディア/・下山事件(平成30年7月1日更新板)→ ・刑事部(平成26年6月19日更新版)→ ・ドッジ・ライン(平成30年4月4日更新版)→ ・日本の黒い霧(令和2年4月30日更新版)→ ・民政局(令和2年6月20日更新版)→ ・参謀第2部(令和2年5月12日更新版)→ ●下山事件資料館/・下山事件発生とその時代→ ・自殺・他殺論争→ ●東京紅團/「下山事件」を歩く(上)(中)→ 「下山事件」を歩く(下)→ ●酔流亭日乗/ 松川事件の佐藤一さん死去→

※当ページの最終修正年月日
2020.7.5

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