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石に刻む(昭和51年3月21日、小田原の牧野信一の文学碑、除幕される)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牧野信一の文学碑

昭和51年3月21日(1976年。 神奈川県小田原の城山しろやま の一角(城山3-29 Map→)にある牧野信一の文学碑が除幕されました。刻まれたのは、牧野の『剥製』青空文庫→からの一節。井伏鱒二が選んだそうです。

長い間のあれくれた放浪生活の中で私の夢は母を慕うて蒼ざめる夜が多かった。母のもと へ帰らねばならぬと考えた

小田原は、牧野が生まれた場所(「母の許」)であり、終焉の地でもあります。彼の作品にはさまざまな形で小田原が登場。碑文といい、それがたつ場所といい、ぴったりです。緑の多いいい場所にあります。

石川善助の文学碑

石川善助の言葉(詩)も里帰りしました。「 愛宕あたご神社」(宮城県仙台市太白たいはく向山むかいやま 四丁目17-1 Map→)の詩碑には、

化石を拾ふ

光のよどむ切り通しのなかに
童子どうじが化石を捜してゐた
 黄赭おうしゃの地層のあちらこちらに
白いうづくまる貝を掘り
遠い古世代の景色を夢み
母の母なる匂ひを嗅いでゐた
 ・・・・・もう日はかげるよ
空にからすは散らばるよ
 だのになほも探してゐる
探してゐる
外界さきのよのこころを
生の始めを
 母を母を

とあります。

井上靖の文学碑

井上 靖の文学碑も、彼の故郷・静岡県・湯ケ島にあります(井上が生まれたのは北海道。湯ケ島は母親の郷里)。井上は、父の仕事の都合から、3歳から13歳まで、湯ヶ島で、祖母の「おぬい婆さん」に育てられました。

「おぬい婆さん」は曾祖父の めかけ だった人で、本家から うと んじらており、井上は幼いながらも本家の冷たい態度を感じ取り、密かに反抗心を燃やすのでした。井上の『しろばんば』Amazon→はその頃のことを書いた傑作自伝です。井上は「 洪作 こうさく 」という名で登場。「おぬい婆さん」と暮らした土蔵跡は今、花壇になっており、その脇に「しろばんばの文学碑」(静岡県伊豆市湯ケ島17 Map→)があります。井上の筆跡で『しろばんば』の冒頭が刻まれています。

 その頃、と言っても大正四、五年のことで、いまから四十数年前のことだが、夕方になると、決って村の子供たちは口々に“しろばんば”、“しろばんば ”と叫びながら、家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら、夕闇のたちこめ始めた空間を 綿屑わたくず でも舞っているように浮游ふゆう している白い小さい生きものを追いかけて遊んだ。・・・

室生犀星の文学碑

牧野にしても、石川にしても、井上にしても、順風満帆な人生だったとは言えないでしょうが(というか、順風満帆な人生って存在するの?)、心の支えとなる「母」や「家」(故郷)がありました。ところが、室生犀星は、ある意味、「母」も「家」も喪失、あるいは拒絶した人生を歩みます。彼は、「氷」に象徴される切なさを愛したのです。見た目ぶっきらぼうで怖い感じの犀星ですが、彼ほど底なしの優しさを持った人も少ないでしょう。この「氷」の一文字に、彼の優しの秘密が隠されているような気がします。

昭和34年、妻を亡くした室生犀星(71歳)は、1年後、2人の思い出の地・軽井沢の矢ヶ崎川のほとりに石をたて自作を刻みました。

我は張りつめたる氷を愛す
かか る切なき思ひを愛す
我はそれらの輝けるを見たり
斯る花にあらざる花を愛す
我は氷の奥にあるものに同感す
我はつねに狭小なる人生に住めり
その人生の荒涼の中に 呻吟 しんぎん せり
さればこそ張りつめたる氷を愛す
斯る切なき思ひを愛す

大高源吾の句碑

両国橋(東京都墨田区両国 Map→)のたもとにも、石に刻まれた「氷」があります。

大きな句碑に、

恩や たちま たく(砕く) 厚氷あつごおり

とあります。これは、赤穂四十七士の一人・大高源吾が詠んだとされるものです。源吾が、討ち入りの当夜、吉良邸の隣の本多孫太郎(越前武生たけふ藩)の邸に挨拶にゆくと、たまたま年忘れの句会をやっていて、 宝井其角たからい・きかく (松尾芭蕉の一番弟子。源吾も俳句の達人で、其角と親交があった)もいたそうなのです。上の句は、其角が源吾にあてて詠んだ「我が雪と思えば軽し笠の上」に対する返句です。

討ち入りの際、騒ぎを本多邸が見逃してくれれば、「厚氷」も砕くことができるでしょう(討ち入りを成功させることができるでしょう)、感謝します(「日の恩」)といった意味が込められているようです。

弘中 孝『石に刻まれた芭蕉 〜全国の芭蕉句碑・塚碑・文学碑・大全集〜』(智書房)。芭蕉塚3,233基でたどる芭蕉文学 『奈良大和路の万葉歌碑』(東方出版)。 編:山崎しげ子、著:大川貴代、写真:高橋 襄輔
弘中 孝『石に刻まれた芭蕉 〜全国の芭蕉句碑・塚碑・文学碑・大全集〜』(智書房)。芭蕉塚3,233基でたどる芭蕉文学 『奈良大和路の万葉歌碑』(東方出版)。 編:山崎しげ子、著:大川貴代、写真:高橋 襄輔
横山吉男『東京文学碑百景』(東洋書院)。都内の570以上ある文学碑から100基を選び、読む 藪田夏秋『拓本入門 〜採択の基礎から裏打まで〜』(淡交社)
横山吉男『東京文学碑百景』(東洋書院)。都内の570以上ある文学碑から100基を選び、読む 藪田夏秋『拓本入門 〜採択の基礎から裏打まで〜』(淡交社)

■ 馬込文学マラソン:
牧野信一の『西部劇通信』を読む→
石川善助の『亜寒帯』を読む→
室生犀星の『黒髪の書』を読む→
井上 靖の『氷壁』を読む→

■ 参考文献:
●『牧野信一と小田原』(金子昌夫 夢工房 平成14年発行)P.71-80 ●「牧野信一の心象風景」(小田原文学館特別展の展示資料の解説冊子)P.16 ●『洪作少年の歩いた道(井上 靖『しろばんば 』・『夏草なつぐさ冬濤ふゆなみ 』の舞台)』(編集:井上 靖文学散歩研究会 平成17年発行)P.6-7 ●『忠臣蔵99の謎(PHP文庫)』(立石 優 平成10年発行)P.186-189

※当ページの最終修正年月日
2024.3.21

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