徳富蘇峰とくとみ・そほう。文久3(1863)年熊本県水俣生まれのジャーナリスト・思想家。同志社で新島 襄から洗礼を受けた。22歳で上京し民友社を結成、平民主義の「国民之友」「国民新聞」を発行。三国干渉後は国家主義に傾斜し日本を戦争に導いた。戦後、A級戦犯容疑をかけられた(不起訴)。『近世日本国民史』100巻など著作は膨大。大正11年(59歳)から昭和18年まで当地(東京都大田区山王一丁目)に住む。昭和32年(94歳)死去。徳冨蘆花は弟。参考サイト:ウィキペディア/徳富蘇峰→ ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:『蘇峰自伝』(中央公論社 昭和10年) |