ハインリヒ・フォン・シーボルト

ハインリヒ・フォン・シーボルト

1852年生まれ。オーストリアの外交官・考古学者。幕末のオランダ商館の医師・博物学者のシーボルトの次男。「小シーボルト」。明治2年来日し兄と外交官をしながら、考古学研究をする。モースより早く大森貝塚で採集したと思われる。日本初の考古学専門書『考古説略』を著す。日本人女性と結婚し子も3人いたが、重病を患い手術を受けに帰国、回復せずに明治41年(56歳)死去する。参考サイト:ウィキペディア/ハインリヒ・フォン・シーボルト→

※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/ハインリヒ・フォン・シーボルト(平成27年12月22日更新版)→

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