井原西鶴

井原西鶴

いはら・さいかく。寛永19(1642)年、大阪の裕福な商家で生まれたとされる。15歳頃から俳句を志し、速吟(矢数俳諧)で頭角を現す。40歳頃から浮世草紙を書き人気を得た。雅俗折衷の簡潔な文体を持つ『好色一代男』や、八百屋お七の出てくる『好色五人女』など。34歳で妻を失ったあとは僧侶の姿をしたとも。晩年は困窮。元禄6年(1693年。51歳)死去。明治になって再評価された。参考サイト:ウィキペディア/井原西鶴→

※「パブリックドメインの絵画(根拠→)」を使用 出典:『好色五人女・西鶴置土産』(学研)

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