阿部正弘

阿部正弘

あべ・まさひろ。文政2年(1819年)生まれ。備後福山藩藩主の五男として江戸で育つ。幕府の奏者番(そじゃばん。礼式を管理)となり、大奥と僧侶の乱交事件の処理で認められ、老中になり、水野忠邦の後を継いで老中首座に(1845年。26歳)。ロシア・米国の圧力に対し穏便策をとり、和親条約締結へ導く。当地(東京都大田区南馬込二丁目)に阿部別邸(母の隠居所)があった(?)。安政4年(1857年。37歳)急死。参考サイト:ウィキペディア/阿部正弘→

※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/阿部正弘(平成29年3月8日更新版)→

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