斎藤寅次郎さいとう・とらじろう。明治38年秋田県出身の映画監督。高等小学校卒業後、浅草の医院で働きながら活動小屋に通う。大正12年(18歳)、親戚のつてで松竹蒲田撮影所に入所。「全部精神異常あり」など先鋭的な喜劇を手がける。昭和12年東宝に移籍。エノケン、ロッパ、エンタツ・アチャコ、戦後は美空ひばり、伴 淳三郎を起用してヒット作を連発、「喜劇の神様」と称される。昭和57年(77歳)肝硬変で死去。参考サイト:ウィキペディア/斎藤寅次郎→ ※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典: 秋田県由利本荘市矢島総合支所/サイバー記念館/斎藤寅次郎→ |