宮本百合子

宮本百合子

みやもと・ゆりこ。旧姓:中条。明治32年東京小石川生まれの小説家。日本女子大学在学中『貧しき人々の群』で注目された。大学中退後、アメリカやソ連で遊学。結婚生活の破綻を描いた『伸子』などを書く。昭和6年(32歳)、日本共産党に入党。下獄した再婚相手の宮本賢治と900通の書簡を交わす。戦中も思想を貫き、戦後は新日本文学会の中央委員を務めた。昭和26年(50歳)死去。参考サイト:ウィキペディア/宮本百合子→

※「パブリックドメインの写真(根拠→)」を使用 出典:ウィキペディア/宮本百合子(平成25年4月19日更新版)→

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