梶原景季 かじわら・かげすえ・・・応保2年(1162年)生まれの武将。梶原景時の嫡男。頼朝に仕え、治承・寿永の乱(源平合戦)で活躍。宇治川の戦いで、馬込文学圏ゆかりの名馬「磨墨」に乗って池月に乗る佐々木高綱と先陣を争った。義経に仕えるが、義経と頼朝の対立後も頼朝に重用された。梶原一族は頼朝の死後、鎌倉から追放される。正治2年(39歳)、駿河国で地元の武士と争い、山中で自害。参考サイト:ウィキペディア/梶原景季→