柿村保吉(かきむらやすきち)・・・「村長」と呼ばれるこの人物のモデルは吉田甲子太郎と著者の尾侮m郎が『わが青春の町』に書いている。「口をへの字に曲げ」とか滑稽に描かれており、吉田は尾に文句を言ったとか。
浮谷善兵衛・・・この人物は著者の尾侮m郎自身がモデルだろう。「放送局」に住んでいることになっているが、実際に尾の住まいも「馬込放送局」と呼ばれていた。噂の発信源という意味。
横川大助・・・この小説の主人公だが、馬込の家を突然捨てたという点が、秋田忠義に似ている。世界を股にかけている点も似る。
坂貫源平・・・榊山潤と東郷青児が合体したような人物だ。木に登って景色を眺めていたら下で男女が愛の行為を始めて降りるに降りられなくなるが、同じような経験を榊山は『馬込文士村』に書いている。「二科系の洋画家」で「巴里からかへつたばかり」という点は東郷。
香島満子・・・大助の愛人で、逃げようとする大助を追うこの人物にも、複数のイメージが重なる。榊山潤の『馬込文士村』に出てくる、弁天池(現・山王4丁目)の近くに住む「硫酸の瓶を隠し持って追いかける女」。また、「酒場のマダム」で「共産党の大立者」を夫に持つといえば、バー「白蛾」のマダム星野幸子。
黒住長彦・・・松沢太平がモデルだろうか。馬込作家たちの動静に通じている点が似ている。喧嘩っ早いところも似ているか?
平飛高次郎・・・「若い評論家」として登場するこの人物は、室伏高信がモデルだろうか。名前の「高」が共通し、「平」も「伏」に似る。
浦野空白・・・「ダンスは家庭生活の倦怠を脱れる唯一の方法」と語って自宅を開放してダンスパーティーを開く詩人といえば萩原朔太郎。
草上滋子・・・浮谷が尾侮m郎なら、その妻の草上は宇野千代。「丈なす黒髪を断ち切つてモダンな洋装に一変した」という点もいっしょ。
高松一郎・・・浮谷が引き連れているこの人物は、「こんどこつちへ引つ越してきた新進作家」「青年らしい精悍さが神経質な表情をひきしめてゐる」という箇所から川端康成が思い浮かぶ。浮谷、つまり尾侮m郎と親しい点もいっしょ。
以下は登場する場所について。
カスミ軒・・・柿村保吉(吉田甲子太郎)がぶらりと立ち寄る2階の飲み屋といえば、環状7号線の馬込東中の近くにあったという中華料理屋がモデルだろう。馬込作家たちはその2階でよく飲んだという。
牛追・・・この小説の舞台だが、「馬込」という地名をひっくり返したようなもの。馬→牛、込める→追うになって牛追。
牛追ホテル・・・変貌して戻ってきた大助が泊まったホテル。馬込文学圏にはかつて、望翆楼ホテルと大森ホテルがあったが、「新しくできたホテル」というなら大森ホテルの方。『空想部落』は大正末から昭和初期にかけての話だが、大森ホテルは大正11年開業なので一致する。
と、ここまで書いてきて、やはり著者の尾侮m郎がいうようにモデル探しはあまりよくないかな、と思えてきた。イメージが限定されて小説がちっぽけになりそうだ。しかし、モデル探しも楽しくて・・・